第105回「食用油脂の見えざる恐怖と対策」

 6月初めにマスメディアでスウェーデン・カロリンスカ大の研究が紹介された。「魚の脂が前立腺ガンを防ぐ」という趣旨の見出しだけ見て、「やっぱり魚を食べなくては」と思われた方が結構多いのではあるまいか。しかし、この研究が、連載第101回「食の成分データベースを使う」後半で紹介した食用油脂摂取が招く健康問題そのものであることに、多くの方は気付かれていないようなので、改めてその恐ろしさをまとめたい。国内では前立腺ガンなど特殊なガンではないか、と思われようが、欧米で発生が多いガンだから研究材料として取り上げられているのであり、実は「魚の脂がガンを防ぐ」と読んでかまわないし、逆にガン化を促進している油脂が身近に存在するのである。

◆ネットを利用し論文原文にあたってみよう

 論文は医学雑誌「ランセット」6月2日号で発表された。インターネットを利用していて、2次資料ばかりにあたっているのではつまらないから、こうした機会に原文に触れてみよう。「ランセット」のウェブでは、簡単な登録をすれば無料で過去のバックナンバーから全文を読んだり、キーワード検索をしたりすることが出来る。

 「Register」で登録を済ませて「The Journal」から「Back Issues」とたどって6月2日号まで到達してもらおう。このリンクは登録しないでいきなりアクセスすると、登録するように促される。

 「Fatty fish consumption and risk of prostate cancer」が問題の論文。英語に自信がない方は、このあたりでウィンドウズの窓をもうひとつ開こう。そこには「excite 翻訳」のページを開いておけば、読みたい英文をコピーして張り付けるだけで、かなり乱暴な翻訳ではあるが邦文にしてくれる。

 アブストラクトの部分を訳してみる。「6272人のスウェーデンの人」を「30年間」追跡したら「魚を食べなかった人は、適度かあるいは高い量を食べた人々より前立腺癌」の頻度が2倍ないし3倍にもなったという。

 大半は翻訳してくれても「epidemiological」という専門用語だけはそのままだ。気になる方はもうひとつ「窓」を開けよう。「英辞郎 on the Web」ならば、これくらいの専門用語は訳してくれる。これは「疫学の」であり、この研究が食生活や体脂肪、喫煙、飲酒習慣などをおさえた疫学的研究であることが分かる。

 研究はこうした雑多な要因から魚の脂摂取だけの影響を分離すべく考慮したモデルを使い、魚を適度に食べるグループを「標準」にとると、ガンの危険度は次のようになると割り出している。  この結論とは別に注目すべきものがある。本文の最初に書かれている先行研究の紹介、引用である。食用油脂つまり「脂肪酸」が乳ガンや前立腺ガンと関係していることは試験管内、あるいは動物の実験ですでに示されている。引用論文の1番目「Effects of dietary fatty acids on breast and prostate cancers: evidence from in vitro experiments and animal studies.」に付いている[PubMed]のリンクを、IE5ユーザーの場合はクリックするだけで別の窓が開いて、この論文のアブストラクトが読める。

 ここでは研究の確定にはまだまだ材料不足であるものの、「n-6脂肪酸(n-6 fatty acids)」が乳ガンや前立腺ガンの進行と関係している証拠があると指摘している。「n-6脂肪酸」とは、国内で成人病を予防するとして長年にわたり摂取が奨められてきた「リノール酸」を中心にした油脂のことである。

 「そんなことが」と疑われる方には「ランセット」ウェブの論文検索で試してもらえるとよい。この医学雑誌だけで「n-6 fatty acids」と「ガン(cancer)」とに関係する論文は3400以上存在する。

◆自分の身を守るための油脂選別術

 ミネラルウォーターを買う機会が増えた。その値段からみると食用油の安さに改めて驚く。バーゲンで売られている1500ミリリットル入りは200円もしない。水以下である。安くてふんだんにあるから消費側は無頓着でいられる、あるいはメーカーサイドは騒ぎ立てたくない。

 連載第101回は食品成分データベースを使うことにポイントがあったので、健康問題そのものには分かりにくい面があった。改めて油脂をめぐる事態を概説すると、このようになろう。

 脂には動物性と植物性がある。食肉など含まれる動物性の油脂は、動脈硬化などの心配があるから食べる量はほどほどにしたい。これに対して、魚の脂は実は植物性の油脂の仲間と考えてよく、こうした植物性の油脂には3つのグループが存在する。

 ガンに対して促進する側と、抑止する側、そして中立のグループである。

 オリーブ油の大部分を占めている一価不飽和脂肪酸「オレイン酸」が中立グループ代表になる。私の身近な食品系スーパーでは、揚げ物総菜の油はオリーブ油を使ってくれていて、カツ、かき揚げやコロッケを買う場合など、安心していられる。炒め物も含めてオリーブ油を使いなさい、と言われるゆえんである。ただしオリーブ油はバーゲンの一般食用油ほど安くはない。

 ガンを促進する側は「リノール酸系」の油。リノール酸は体内でアラキドン酸という物質に変わる。ふだんから存在している物質ではあるが、これが過剰になると有害性を発揮するとみられている。リノール酸系の油脂はファーストフード、スナック菓子などで多用されているから知らず知らずに大量に摂取してしまう。

 これに対抗する抑止側はというと、魚の脂に多いEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)など「αリノレン酸系」の油になる。抑止できる仕組みはこうである。リノール酸のアラキドン酸への変換と、αリノレン酸系の体内変換には同じ酵素を使うため、αリノレン酸系が十分あればアラキドン酸は過剰に造られることがなくなるのだ。

 ただし魚が良いからと言って、油脂は魚ばかりで摂るわけにゆかない。普段の生活では、どうしても食用油からが多くなる。食用油を買うと、実はこの3つのグループの脂肪酸をたいてい全て含んでいる。日常生活に使ってそう負担にならない使い分けを考えるには、各種油について3グループ成分をどれくらい含んでいるか知ればよい。

 代表的な油の成分を、第101回で取り上げた「食品成分データベース」で調べてみよう。成分は中立・促進・抑止の順に並べた。  紅花油は進物用などとして高価で売られているが、避けて通るのが無難と分かる。欧米ではこの紅花油やコーン油、大豆油の消費が多い。逆に、ナタネ油は安い食用油だが、成分比は好ましいと知れよう。第101回で説明したように、この問題を追究している日本脂質栄養学会はリノール酸系とαリノレン酸系との摂取比を国が示している基準よりも2倍厳しくし、「2:1」程度にと求めている。ナタネ油単独ならこれを満たしているので、家庭でのベースとして使える。それでも日常的にリノール酸は摂り過ぎになりやすい。魚の脂はリノール酸系に比べてαリノレン酸系が圧倒的に多いから、せいぜい魚を食べようということになる。

 脂肪酸摂取について米国で開かれた国際ワークショップで示された指針をもう一度再録しよう。ここまでの説明で、かなり専門的なこの指針が意味しているものが分かりやすくなったと思う。  リノール酸は上限を考えて抑えていきたいし、αリノレン酸、EPA、DHAはなるべく多くしたい。それでも脂肪酸の大部分は、オレイン酸のような中立の一価不飽和脂肪酸で摂るべきとするのが基本的な考え方だ。

 最初にあげたように魚が良いと、やみくもに食べれば良いものではないだろう。ちなみに可食部100グラム当たりのDHAとEPAはそれぞれ、サバだと1.7と1.2グラム程度、サケやアジは0.7と0.4グラム程度は含まれている。EPAは母乳にも含まれているものだが、乳幼児に限れば過剰摂取は正常な成長を妨げるので摂取の上限が設定されている。

 油脂が及ぼす悪影響はガンばかりではない。高コレステロール血症、動脈硬化、アレルギー発症、脳の機能障害さらには行動の「攻撃性」まで招くと、日本脂質栄養学会の研究者から指摘されている。関心のある方は、それを取り上げている連載第50回「読者に応えて臓器移植法・心と食」を参照していただきたい。