第292回「『はやぶさ』が作った国民的希望を政治が潰す」

 7年ぶり60億キロの苦難の旅路から昨年6月に帰還して、国民に感動と希望を与えた小惑星探査機『はやぶさ』の後継機プロジェクトが、政治の思惑で実質的に潰されようとしています。初代のプロジェクトマネージャ、川口淳一郎さんが「はやぶさプロジェクトサイト トップ」で「はやぶさ後継機(はやぶさ-2)への政府・与党の考え方が報道されている。大幅 に縮小すべきだという信じがたい評価を受けていることに驚きを禁じ得ない」と悲痛な訴えをしています。天体の相互関係で後継機打ち上げ時期は限られており、中途半端な予算縮小は中止に等しいのです。

 「はやぶさ-2は、実は、これが本番の1号機なのである」「初号機はあくまで、往復の宇宙飛行で試料を持ち帰ることができるという技術が、我々の手の届く範囲にあるということを実証しようとした、あくまで実験機」「我々の水と有機物に覆われた環境の起源と進化を探ることが、はやぶさ-2の目的である。まったく異なる天体(C型小惑星)を探査し、試料を持ち帰ろうという計画なのである」「政府・与党の意見には、はやぶさ-2に科学的な意義を見いだせないというものまであったという。まことに信じがたいことである」

 米国のNASAなどに比べれば僅かな予算で、世界に先駆けて小惑星から地球に試料物質を持ち帰った『はやぶさ』の意義評価は、世界では全く違います。科学ジャーナリストの松浦晋也さんが「はやぶさ2で野田事務所に嘆願書を送った」で「日本の成果を知り、その科学的価値を認識したアメリカは今年度からはやぶさと同様の小惑星サンプルを持ち帰る探査機『オシリス・レックス』の開発を開始しました。予算総額ははやぶさ2の3倍です。小惑星サンプル採取と持ち帰りには、それだけの価値があるとアメリカも認識したわけです」と野田首相に訴えます。

 『はやぶさ』の帰還は、ほとんど擬人化しての熱烈な歓迎でした。資料採取カプセル展示巡回は大好評でしたし、《探査機「はやぶさ」の快挙、しみじみ嬉しい》で紹介したように、持ち帰った微粒子1500個が小惑星イトカワ由来と発表された昨年11月には、同じ頃に話題だった「尖閣ビデオ流出」なみの反応をツィッターで得ました。科学技術立国への希望、手応えを感じさせる存在でした。

 成功に至った長年の技術開発をどう取り組み、何が得られたのか、《未来は決まっていない,挑戦なくして未来は開かない─「エンジニアの未来サミット for students 2011」第3回レポート》に『はやぶさ』の不屈のイオンエンジンを手掛けた國中均・宇宙科学研究所教授のエピソードがあります。

 米国が10年以上先に研究を進めていた分野で「後発の不利を挽回するため,國中教授たちは最初から消耗品となる電極のないエンジンの開発を目指します」「電極の代わりにマイクロ波を使い,電子を選んで加速させてプラズマを発生させる方式の開発に成功します。最初は推進利用効率が上がりませんでしたが,10年以上の研究の末」に、宇宙空間で使える非常に高効率のエンジンを達成しました。また、エンジン制御ソフトウェアは「こんな事もあろうか」と実に様々な想定をして多くのオプションを持った開発になっており、それが度重なる苦難を乗り越える力となりました。

 これだけの技術開発をして世界が注目する中で、本番の小惑星飛行を実施しないで初代『はやぶさ』のデモ飛行だけで終わらせるのか――来年度予算要求は、ほんの73億円です。自公政権下でも『はやぶさ』後継機プロジェクトは冷遇されてきましたが、本来の目標が実現出来うる今の段階になってこの話題を書こうとは思いませんでした。