第366回「迷宮型原発事故は装置依存の新規制基準で防げず」

 「世界一の厳しさ」と自称の原発の新規制基準が7月から施行されます。安全装置類でがちがちに固めた新基準の死角は、スリーマイル島事故のような迷宮型に対応していない点だと原発取材が長い立場から指摘します。もともと原発で過酷事故が起きるとすれば、熟練した運転チームでも対処しきれない迷宮型が最もあり得ると考えられてきました。福島原発事故のような全電源喪失はそうそう起きるものではないと思われていたから手抜きがあり、その穴を一気に塞ぐのが新基準です。しかし、福島原発事故によって運転チームの熟練度が考えられていたより恐ろしく低いと判明しました。

 時事通信の《原発新基準、正式決定へ=地震、津波想定を厳格化−施設対策は一部猶予・規制委》にある図を見ても、防潮堤、外部電源多重化、テロ対策でもある第2制御室、活断層判断の厳格化、電源車の高台配置などハードウエア整備ばかりが並んでいます。

 新潟県知事が「事故の検証・総括がないままハードに偏った規制基準のみ策定しても、原子力発電所の安全性について国民の信頼が得られるか疑問です」と批判しているように、原子力規制委は福島原発事故の原因を追究する作業をしませんでした。あれほどの重大事故が起きて、その原因をピンポイントで押さえて対策を明らかにするのが新しい原発安全基準であるべきでしたが、対症療法的に地震、津波、電源喪失、過酷事故への備えを並べて新しい対策としたのです。

 政府事故調と国会事故調とがきちんと原因究明を完了せず、結論が違った点に瑕疵があります。しかし、原子力規制委には最初から福島原発事故に寄り添う気は無かったとも言えます。事故の経緯をしっかりとつかんでいれば、改善すべきはハードだけでなく、人間系にも多いと分かるはずです。

 2011年末の「恐ろしいほどのプロ精神欠如:福島原発事故調報告」「東電技術力は2級品:NHKスペシャルで確認」で、いかに運転チームがお粗末な対応をしたか、まとめています。例えば原子炉への注水が出来ていない事実を知りながら、核燃料の崩壊熱で水が無くなっていく状況で水位計が誤動作して水位が上昇したのを疑問を持たずに眺めていたのです。もちろん炉心溶融を疑うしかない場面です。

 この程度の論理的思考力と判断能力しかないのであれば、スリーマイル島原発事故の状況には対処出来ません。原子炉のように内部をのぞいて確認できないプラントでは、外で得られた観測データから内部の状況を推測するしかありません。スリーマイル島事故では、それなりに能力があるチームが知恵を絞っても読み切れない迷宮型の経過をたどり炉心溶融に至りました。東電運転チームのレベルなら最初から話になりません。

 運転チームだけではありません。必要なら助言すべき当時の政府、保安院の専門家、それに政府・東電を取材していた在京マスメディアの知的レベルも恐ろしく低かったのです。第282回「原発震災報道でマスメディア側の検証は拙劣」で《朝日新聞の新聞週間特集を見て納得しました。科学医療エディター(部長)の談話として「原子炉は何時間空だきするとどうなるのかなど詳しいデータを知っていたら、もっと的確に記事を書けた」があります》と、証言を記録しています。

 重大事故での対処が問われる問題で、時事通信の《事故悪化想定の専門家養成=福島第1事故教訓に−原子力規制庁》はこう伝えています。《東京電力福島第1原発事故で、経済産業省の旧原子力安全・保安院に状況が悪化するさまざまな可能性を想定し、対策を進言できる専門家がいなかったことから、原子力規制庁は、庁内の専門家チームと各原発を担当する検査官の訓練を通じ、能力を向上させる方針を示した》

 検査官と言えば福島原発事故の現場から逃げ出した失態が指摘されています。そのレベルの人材をこれから訓練する段階です。ささいなトラブルから発展したスリーマイル島事故クラスの難題にぶつかれば間違い無くお手上げです。原発再稼働の可否を新基準だけで決めるのがいかに無謀か、少なくとも能力不足が明らかな運転チームの全面的な再教育、有事にフォローできる専門家チームの確立が絶対に欠かせません。

 【参照】インターネットで読み解く!「福島原発事故」関連エントリー