第427回「マー君の変幻配球、打者ごとに違う攻略法で翻弄」

 大リーグ開幕から無敗、6連勝のヤンキース・田中将大投手には高速で落ちる魔球「スプリット」以外にも多彩な攻め手があります。7つの球種の制球力を駆使して打者ごとに攻略法を変え、幻惑し、翻弄しています。15日のメッツ戦、7回に相手のクリーンアップを三者連続三振に打ちとった場面が象徴しているので、大リーグが公開している球の軌道自動測定システムの画面を引用して、何があったか見ましょう。日本には無い大リーグの測定システムがあって初めて田中の変幻自在な配球が目に見えるようになりました。スプリットについては第426回「分かっていて打てない田中将の魔球を科学する」をご参照ください。

 《横変化》  3番ライトには低めの緩く遠くに流れる時速131キロ・スライダーでまずファーストストライクを取りました。2球目は逆に膝元を突く明らかなボール。3球目はその中間に沈む球144キロ・シンカーで振らせました。4球目のスプリットはストライクゾーンに入ったのに球審はボール判定。ならばと5球目に再び内角ボール球として147キロ・シンカーを投げて近めを意識させた後で、空振りした1球目よりも遠く、外角低めいっぱいに流れる137キロのスライダー――空振り三振です。これだけ大きく横方向に揺さぶられるとバットに当てることすら難しくなります。

 《時間差》  4番の左打者グランダーソンにも低めに流れる134キロのスライダーでまずストライク。しかし、ここからは3番ライトとまるで違っていきます。同じような低めに、ぐっと遅い118キロのカーブを投げてバットを振らせます。3球目は意識して147キロの速球を高めのボール球にします。ウイニングボールはやはり低めに122キロのカーブ――見逃し三振です。時速で30キロ近い球速差があるとバットを振り出すタイミングが大きく違うために時間差が効き、球種が読めていないとバットは振れません。甲子園大会でも130キロの速球と100キロのカーブだけの高校生投手がなかなか打てない現象が起きます。

 《縦変化》  5番ヤングにも低めの131キロ・スライダーで空振り、ワンストライクです。次はど真ん中に147キロの速球、これはファウルでたちまち2ストライク。3球目はスプリットを低く落としますが、釣られません、ボール。4球目は1球目と同じ低めスライダー、5球目は遅いカーブを外角に投げますが、いずれもファウルで粘られました。ボールにした6球目はベルト辺りに150キロの速球です。これを見せてから139キロのスプリットを真ん中低めに落としますが、これもファウルされます。最後は150キロの速球を真ん中に投じてファウルチップを誘い三振でした。縦方向の変化にはついて来られなかったので、バットの芯には無理です。

 打者はネクストバッターズサークルで相手投手の攻め方を実地に研究しているものです。それで打席に立ったらまるで違う攻略シナリオに直面して面食らうと思います。メッツ戦をテレビで見たマー君の元ボス、楽天の星野監督が「丁寧に投げとったな。要求した通りに投げてくれるんやから、捕手も楽しいやろうな」と述べたと伝えられました。この配球の巧妙さはヤンキース・マキャン捕手の大リーグ経験と知識に支えられているのは間違いありません。7つの球種でボールとストライクを自由に手繰ることが出来て、無駄なボールが無い田中ならばこそと言えます。ボールが先行してカウントを整えるのに四苦八苦しているようでは、駆け引きなど出来ません。

 15日はエース、サバシア投手の故障者リスト入りなど先発陣が崩れたチームを4連敗で止めた初完封勝利でした。ニューヨークの地元メディアから「公式救世主」とまで持て囃された田中、魔球スプリットと制球力の威力は持続しそうです。