第482回「国家のエゴが歪ませた中国年金制度は大火薬庫」

 60歳以上が2億人に達した中国の年金制度は20年で1331兆円の資金不足になるなど憂う報道が続きます。実は昨年、金沢大で書かれた中国人研究者による学位論文が現状で破綻同然であると主張しているのを発見しました。中国の年金制度と財政事情には不透明な点が多く、官僚の説明と報道している中国メディアとも故意かズサンかは知りませんが、内容の信憑性に疑いがありました。2年前に書いた第357回「年金制度欠陥と高齢化が中国財政破綻を呼ぶ」での疑問を解き明かしてくれる専門家にやっと出会えた訳です。

 まずは今年3月の報道《中国の年金制度、今後20年で1331兆円もの資金不足に陥る可能性―海外メディア》を見てください。

 《中国人力資源・社会保障部の尹蔚民(イン・ウェイミン)部長は10日、第12期全国人民代表大会第3回会議の記者会見で中国の年金制度の現状について語った。それによると、公務員を除く都市の企業就業者と個人事業主を対象とした都市就業者年金(=企業職工養老保険)の14年の総収入は2兆3300億元(約45兆4350億円)、支出は1兆9800億元(約38兆6100億円)、差し引き3458億元(約6兆7400億円)の黒字で、累計の残高は3兆600億元(約59兆6700億円)だった》――将来はともかく現状は黒字で、累計資金残高は増えていますよ――との説明です。

 王逸飛さんの博士(経済学)論文《中国における公的年金制度の構造的問題―経済・労働システムと政府間関係の視点から―》が2011年現在で説いている文章と並べると、カラクリが見えてきます。中国の制度では労働者収入の20%が社会プールに預けられて過去の退職者への年金支払いに充てられ、8%が個人口座に入ることになっています。この社会プールに余裕がありません。

 《2011年の社会プールの積立金は実際にはない。2012年版の『中国統計年鑑』によれば,2011年度の基本養老保険基金の総収入は1兆6895億元で,総支出は1兆2765億元で,当期余剰金は4130億元である。しかし,この4130億元は,政府財政補填の部分が2272億元で,いままで滞納した保険料の繰り上げ納付金が1968億元を占めている。すなわち,政府財政補填と繰上納付した保険料を除くと,当期の余剰金はゼロになる》

 とすれば累計の残高が有るなら個人口座の分であろうと分かります。しかしながら、名目として存在しても実は無い部分が大きいのです。《個人口座積立金の流用問題(空口座)が深刻である。2011年末まで,個人口座積立金から流用された金額は2兆元を超えている。本来は個人口座積立金の累計は2.5兆元であるはずであるが,実際に個人口座の積立金は2703億元である。流用された金額は2.22兆元を超えている》

 年金資金は北京・上海など直轄市や各省の地方政府が管理しています。1997年の改革から個人口座積立が始まったのでここから年金を貰う人はまだ少なく、大きな資金が目の前に有るのは魅力的ですから禁じられていても地方政府の事業などに流用する結果になってしまうのです。今年の政府説明「累計の残高は3兆600億元(約59兆6700億円)」が実際に存在しているとは考えられません。

 各地方政府は資金管理ばかりでなく独自の年金制度も作り上げているので地方ごとにシステムが異なります。労働者が直轄市や省をまたいで移動すると、個人口座の積立金は貰って行けても、もっと大きな社会プール分の年金は放棄せねばなりません。中央政府が地方政府に丸投げした結果、非常に厄介な制約が発生しています。全国統一ルールを作るべきですが、地方政府は資金にまつわる権限を手放しません。

 この学位論文はもっと大きな「巨悪」があると指摘します。それは計画経済時代に政府が約束していた年金支給債務に何の手当もしないで、新制度に移行した措置です。本来なら何十兆円も資金を積んで新制度を始めるべきなのに、国家負担を嫌ってゼロから始めたので過去の退職者への年金支給がいきなり社会プールの役割になりました。労働者収入の20%という高率な負担に耐えられないので加入しない企業も多く、加入率は6割を切ります。また、李克強首相が2013年に「社会保険加入者は3億人いるが、今年までに累計3800万人が支払いを中断している」と明かしたように、実質的に脱退してしまうのです。  先日の第481回「中国の夢、技術強国化は構造的に阻まれている」から中国の年齢別人口推移グラフを再掲します。都市部の退職年齢が男性60歳、女性50歳(管理職は55歳)で日本よりも若いため60歳以上層の拡大が年金対象として問題になります。2015年で2億人、2030年に3億5千万人、2050年には4億5千万人もです。

 中国メディアの報道では2030年ごろに制度崩壊しかねないとされますが、現状でもボロボロと申し上げて良いでしょう。このままなら都市部労働者の半分は無年金で老後を迎えるしかありませんし、農村部で新たに始まった年金制度は月額で千円もなく社会保障になりません。社会主義国の看板を下ろしていない以上、見捨てるわけには行きません。今の中国政府財政に余裕が有るように見えるのは当然の財政義務を果たさずに来たからであり、直ぐ近未来に巨大過ぎて不可能な尻拭いを余儀なくされると考えられます。