第27回「酸性雨問題に期限が切られた」

 環境庁は今年4月に「第3次酸性雨対策調査の中間取りまとめについて」(リンク切れ移転先はこちら)を発表、「第3次酸性雨対策調査中間取りまとめの概要」の中で、国内の酸性雨は欧米と比べて同程度の酸性度状態が続いていると報告、陸水影響予測調査として「総合モニタリング調査の湖沼を対象に陸水の酸性化予測モデルにより、日本の湖沼の平均的なアルカリ度よりやや大きい値を示す鎌北湖(埼玉県)について、実測データ、文献データ等をもとに、現状の酸性雨が継続した場合に酸性化が始まる年数を予測した。その結果、早い場合で概ね30年後との年数も得られた」と、欧米のように湖沼に魚が住めなくなる事態が国内でも発生することを認めた。「植生については、88定点のうち、33定点で樹木の衰退の報告があり、その中には推定原因が不明と報告された地点もあり、酸性雨又は大気汚染による影響も否定できない」とも言う。二酸化炭素による地球温暖化問題がマスメディアでしばしば取り上げられるのに比べると、地味な扱いで気付かれなかった人も多いと思う。打つ手なしに陥っている酸性雨問題を、あまり騒がないでほしいという官僚の願望が反映しているのだろうか。

◆東アジア全体の大気汚染

 酸性雨とはpH5.6以下の酸性度を示す雨のことだ。空気中に普通な存在する二酸化炭素が雨水に溶けるだけでpH5.6になり、湖沼で魚が住めなくなるのはpH5以下だとされているから、少しの差しかない。大気に含まれる汚染物質、硫黄酸化物や窒素酸化物が溶け込むことで硫酸や硝酸になり、pHは5.6からさらに下がる。環境庁の観測では、降水のpHは年平均で4.8〜4.9である。国内の場合は土壌のアルカリ分が多くて、中和してくれるから助かっているが、その作用が限界になる日が来れば土壌自体も植物を育ているのに適さなくなるし、土壌のフィルターを通して酸性度を保っていた淡水領域も死滅に向かう。

 近年、酸性雨問題で注目を集めているのは、中国を中心とした東アジアの大気汚染問題だ。電力中央研究所の「酸性物質の発生源を判定」(リンク切れWayback Machineに原文)は、気流による広域輸送モデルのシミュレーション計算をして「計算の結果、東アジアの雨の中の酸性物質が日本全域に及ぼす影響は、中国が約三分の一、日本が約二分の一、北朝鮮・韓国が約六分の一、台湾からの影響はほとんどないことがわかりました」と述べている。国内地域別の計算(リンク切れWayback Machineに原文)を見てもらうと、日本海側では中国の影響が大きくて過半に達している。これは、あくまで計算であるが、新潟県保健環境科学研究所はつい最近、中国産の石炭を燃やすと出る硫黄酸化物の硫黄同位体組成の特徴から、降水中の酸化物は約20%が中国からと実証的な分析を出した。

 その中国の環境悪化はメディアの取り上げるところになっている。たとえば京都新聞の「経済との両立模索」は四川省にある内陸重工業の拠点で特に汚染が進んだスポットとされる、重慶の煙る風景を描き、その郊外の景勝地では松林が'90年以降、1,000ヘクタール以上も枯死したと紹介している。「酸性雨の影響で、松林が一面に枯れてしまった。かつてヨーロッパで起きたことが中国で起きている」と、現地研究者の声を伝えている。

 中国の環境汚染は具体的なデータが入手しにくかったが、「中国の環境問題ホームページ」(リンク切れWayback Machineに原文)が開設され、大気や水、ゴミなど測定データやニュースが閲覧できるようになった。「環境ニュース」の今年4月分には「中国環境報はこのほど、大気汚染に伴う酸性雨が降る地域が急速に拡大し、すでに全国土の40%に達し、被害の深刻な沿海地域だけでも、農地および森林に97億元の損失を与えていることが、国家環境保護局などの共同調査で明らかになった、と伝えた」とある。

 「大気汚染」の項目にある「深刻化する大気汚染」から引用すると「中国は世界第3位のエネルギー消費国です。一次エネルギー源の76%が石炭であるため、石炭を燃焼する際に放出される硫黄酸化物は1795万t(1993年)にも達しています(『中国統計年鑑1994』)。この数字は日本の排出量の約20倍に相当し、世界の総排出量の15%に相当します(表1)。北京、瀋陽、西安、広州、上海などの大都市では硫黄酸化物に関するWHOの基準をすでに超えて」いる状態だ。その「表1」を以下に収録する。

 逆に日本の立場でみると、国土の狭いこの国では他国に比べてこれだけ排出抑制しても、酸性雨のレベルが高いことが知れる。

◆この国はどう動いているか

 '97デンバー・サミットで橋本首相が持ち出した「21世紀に向けた環境開発支援構想(略称ISD)」(リンク切れ移転先はこちら)には「東アジアにおける酸性雨モニタリング・ネットワークの整備」が謳われている。「酸性雨の測定データその他関係情報を全ての参加国で共有することにより、酸性雨の現状についての共通認識の形成を図るとともに、将来の酸性雨対策を推進する上での基盤を形成することを目指す」。経済発展に目が向いている東アジア諸国に、当面の経済効果が期待できない環境対策に関心を持ってもらうには、各国自前の観測も十分でない以上、汚染測定態勢の整備から始めるしかない。中国、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、モンゴル、フィリピン、ロシア、シンガポール、タイ、ベトナムを対象国に想定、新潟にセンターを置く構想で、'98年春には政府間会議を開いて設立したいという。「途上国への環境協力を推進していくには、途上国自身が環境規制の実効性、民間企業の環境対策へのインセンティヴ付与等を強化することにより、途上国内に環境産業・市場を創出させ、経済活動の一環として自律的に環境改善が進展するシステムを構築していくことが重要である。これは、我が国自身がたどった経験でもある」

 時間はかかるが、外国から飛んでくる酸性物質には、こうするしか方法はないのだろう。しかし、国内対策はやるだけのことはやった、と言えるだろうか。

 「平成9年度環境白書・序説 環境危機の構図」(リンク切れ移転先はこちら)は「環境問題の構造が大きく変化したにもかかわらず、その対策や国民意識の改革といった点では、大きな進展が見られたとは言い難い。まず、環境の質の改善に停滞が見られる。たとえば、NOx、都市域河川のBOD濃度、海域のCOD濃度はともに高い水準でおおむね横ばいとなっている。次に、政策手法と政策対象のずれが指摘できる。我が国の環境施策は、規制・計画メカニズムが中心であるが、自動車排出ガス・廃棄物・生活雑排水など、通常の活動に伴う問題が環境問題の中心となった現在では、規制的手法のみによって問題を解決することには限界があり、経済的手法などの有効性が期待されている。しかし、新たな課題に適した新しい手法の導入は進んでいない」と、率直に手詰まりを認めている。

 工場などをおさえれば済む硫黄酸化物では排出抑制の成果をあげたが、窒素酸化物NOxは規制の網に十分はかからないのだ。10月9日に発表された「平成8年度大気汚染状況について」(リンク切れ移転先はこちら)は、二酸化窒素について「環境基準達成測定局数の割合は、一般局で96.4%、自排局で64.6%であり、平成7年度(一般局:97.5%、自排局:70.5%)に比べてやや減少しており、東京、横浜、大阪等の大都市地域を中心に環境基準の達成状況は依然として低い水準となっている。また、高濃度が測定された測定局は都心部に集中している」と報告している。「自動車NOx法」(リンク切れWayback Machineに原文)によってトラックやバスの規制はできるようになったが、自家用車が野放しである以上、効果は薄い。大阪府による「幹線道路における自動車の年間走行量の推移」を見れば右肩上がりそのもの。大気汚染が良くなるはずがないことは誰の目にも明らかだ。

◆限界点に達する前に

 「中和能力の簡易測定法を開発」(リンク切れWayback Machineに原文)には「土壌が酸性雨を中和する作用について、ひとつの実験を紹介しましょう。―底に出口のある容器に土壌を入れて、上から強い酸性の雨を降らせ、流れ出す水を分析します。水はしばらくの間は低い酸性度に保たれ、酸性雨が土壌によって中和されたことを示します。これは酸性雨の中の水素イオンと土壌に含まれているカルシウムなどアルカリ性イオンとの間でイオン交換が行われるためで、土壌が酸性化する代わりに雨水は普通の水に戻ります。しかし、このような状態はいつまでも続かず、アルカリ性イオンが失われると流出する水の酸性度が急激に高まり、普段は土壌中に固定されているアルミニウムイオンが水溶性に変わって流れ出します。このアルミニウムイオンは植物の根に吸収されると、その成長に強い害を与えることが知られています。したがって、アルミニウムイオンが解け出す段階が酸性雨による環境被害を防ぎ得るぎりぎりの限界と考えることができます」と解説した上で、土壌の全国調査による中和マップを示している。「この簡易測定法を用いて日本全国を網羅する500ヶ所で実地調査を行い、土壌の中和能力マップを作り上げました。この結果によると、関東地方には中和能力の高い土壌が多く、関西や中国地方では能力のやや低い土壌の多いことが分かりました」。中和能力の低い赤のポイントの多さに驚く。アルカリ分は自然の岩石風化作用で少しずつ供給されるが、酸性雨がそれを上回るペースで酸性物質を降らせ続けている。

 アルミニウムには人体への影響も危惧される点がある。「アルミニウムの生体内蓄積と局所観察」に「アルミニウムは地殻に多量に存在する元素でありながら、一般に、生物への影響は少ない金属とされてきたが、長期血液透析患者にアルミニウムによる脳症や骨軟化症が発現したことから、アルミニウムの生体内蓄積、特にアルツハイマー病との関連や、酸性雨の影響により土壌から溶出するアルミニウムの問題が議論の的となっている」と書かれている。まだ、医学的に決定的ではないが、視野に入れておかざるを得ない。

 窒素酸化物を減らす解決策は自動車の走行を制限するか、劇的にエネルギー効率を引き上げて排出量を減らすか、しかないだろう。この連載18回「電池の革新が引っ張る先」で燃料電池搭載のバスを取り上げたが、10月になって急進展があった。米国エネルギー省は官民共同で「ガソリンを水素に変換するタイプの自動車用燃料電池を開発、燃料は半分、排出物質は5〜7割削減できる」と発表、独メルセデス・ベンツも今後の主力車Aクラスに積む燃料電池を発表した。トヨタ自動車も燃料電池車の研究を進めていることはよく知られている。まだ遠い先と思われていた自家用車の燃料電池化が、近く実現するのは確実だ。しかし、成り行き任せでは電気自動車同様に本格普及に非常な時間がかかるだろう。

 規制一本やりで進めてきた環境行政が、新技術をうまく取り込んでライフスタイルの変更を誘導するようになれるまで、酸性雨問題は待ってくれるだろうか。各方面調整型の官僚に任せる仕事ではなく、目標を掲げて実行する「政治」の出番なのかもしれない。その意味で「スエーデンの環境政策」(リンク切れ移転先はこちら)にあるような環境政党が、温暖化問題に酸性雨、ダイオキシン、海洋汚染、ゴミ問題とリサイクル、核廃棄物、水資源とダム・干拓など焦点が山のようにある国内に登場してもよい気がする。衆院選挙に新設されたブロック別比例区は、3大都市圏では得票率3ないし4%で1議席が得られ、過去の中選挙区や参院の全国比例区とは違う選択を可能にした。地域と結びついた活動グループには向いているはずだ。