ムーアの法則の前に量子力学の壁(20040919)

 インテルは8月末、65ナノメートル(nm)のプロセス技術を用いて5億個以上のトランジスタを集積した70メガビットSRAM(Static Random AccessMemory)が出来たと発表した。プレスリリース「65nm プロセス技術の開発により、ムーアの法則をさらに進展」である。ナノメートルは1メートルの10億分の1で、同社の主力CPUは現在、90nm技術で製造、出荷されている。2年ごとに約2倍、トランジスタの集積度が上がるという「ムーアの法則」はまだまだ大丈夫と主張している。しかし、パソコンに詳しい皆さんはこの1年間、CPU周波数の伸びが鈍化したことに気付かれていると思う。買い換えねばと思うほど高性能なマシンが現れるのに時間が掛かるようになった。インテルが言っているほど順調ではないと感じられよう。


 実際にインテルは開発計画の大幅な見直しを繰り返していて、それはまだ続きそうである。はっきりしてきたのはペンティアム4系統で集積度を上げていくと、発熱が耐えられないほど高くなることだ。パソコンを設計、製造する上でCPU単体から百ワットを超える発熱なんて、数年前の常識からすれば「クレージー」の一語である。余談になるが、百ワットは成人1人分の発熱量に相当する。狭い部屋に10人も寄れば、1キロワットのヒーターで暖めているのと同じになる。

 集積度が上がったために単位面積当たりの発熱が増えているのではない。90nm技術では、多くは電流漏れによって無駄に発熱していると考えられるようになった。絶縁膜が極限まで薄くなった結果だ。2000年に米ベル研究所が「6原子層、厚さにして1.5nm程度まで信頼性を維持できる可能性がある」と示していたが、現在の90nm技術ではそれを割り込んで5原子層1.2nmまで薄い絶縁膜になっているらしい。

 10原子層を切るほどの薄さになると、物質の挙動が変わる。物は物としてそこにあるはずとの常識が通用しなくなる。素粒子を扱うような超微視的な世界では、物質は粒子と波動の二つの性質を持ち、確かにそこにあるように見えて、常に揺らいでいる存在となる。5原子層の絶縁膜はこうした量子力学の不思議な世界を家庭やオフィスに、大発熱という形で顕在化した。

 1970年代に生まれたVTRは、千分の1ミリの精度を家庭に持ち込んだ画期的な製品だと考えている。それまで、最近では使わなくなった表現「ミクロン」の機械精度は主に軍事用だった。連載第12回「VTR・技術立国の栄光その後」に書いた通りである。ナノメートルという、その千分の1の世界が、30年を経た今、家庭で目に見える発熱現象として現れているのだから、科学好きの方はある種の感慨を持たれるのではなかろうか。

 インテルも半導体素材として二酸化ケイ素を使い続けるのに限界があることは承知していて、金属ゲート絶縁膜に切り替える技術開発をしている。金属の特性を利用することに加えて、現在より厚い絶縁膜を造っても働きは変わらないことを確かめている。65nmの次、45nmプロセス技術が予定される2007年ごろの実用化と考えられている。「Intel、半導体の未来のカギは金属に」に関連するインタビューがある。

 興味深い情報がある。インテルを追う対抗勢力AMDも、この夏から90nm技術でCPU製造と出荷を始めたのだが、発熱量が増えていないどころか、むしろ減っているようだ。「ゆがみシリコン」やSOI技術を使っているからだとするニュースが流れる一方で、PC WEBの「『リークは増大していない』AMD、90nmプロセスに自信を示す」はAMD当事者が否定したと伝えた。ひょっとすると、インテルと違ってAMDの絶縁膜がぎりぎり6原子層で出来ているのかも知れない。これは巨人インテルの優位に影を落とすことになりかねない。 (了)

▼ご感想はメールで
8.目次
パケ代最大90%カット パケ割サイト[無料]