2700億円の最先端研究費は国費乱用の典型(20090914)
 大盤振る舞い補正予算のばらまき対象に、最先端の研究をしている30人に平均90億円を与える最先端研究開発支援プログラムの話を聞いたとき、科学技術の取材を長くしている者として「研究の現場を知らないにもほどがある」と思いました。次いで麻生首相が「自分が選定する」と意気込んでいると伝えられ、この時点で駄目さ加減が決定的になったものです。先日、政権交代が決まってから、どさくさ紛れに30人が発表されました。ノーベル賞の田中耕一さんをはじめ、さんざん話題になったテーマと有名研究者のオンパレードです。

 朝日新聞が11日の科学面「審査1カ月、駆け込み決着」で「選考では、最終の60件に絞り込む前に95件でヒアリングを実施」「ある研究者によると、ヒアリングは説明、質疑とも10分」「研究の内容に立ち入った質問も批判的な質問もなかった」と実態を明かしています。

 海外から応募した方からの批判をまず紹介しましょう。《「国民への還元につながらない」―最先端研究支援プログラムに、米ベイラー研究所の松本慎一氏》にこうあります。「日本も大型の研究費が配布されるようになったと期待していた分、選考の仕方があまりにも未熟なので寂しく思っていた。今回選ばれた医学系の研究はすべて基礎医学で、臨床につながらない分野のため、国民への還元につながっていかないと思う」「米国で同じ規模のプロジェクトがあったとすると、それぞれのプロジェクトに2日をかけて審議する。プレゼンテーションと質疑応答で1日、施設見学で1日の合計2日。アメリカ方式がよいと言っているわけではないが、今回の審査は成熟したものになっていないと考えているし、こんな短時間で本当に内容を見ることができたのかとも思う。米国の場合は各応募者に対して具体的な改善点が示されるので、例え選ばれなくても将来に大きく成長する可能性が高くなる」

 「生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ」の「研究費配分は国民の選択にゆだねることが可能だろうか」はプログラムの立て方自体に疑問を投げます。「生命科学のような分野では、給与と研究費込みで年間一千万円あれば、独創的な研究が可能と考える人達はたくさんいます。日本中にそこそこの研究施設を備えた大学や研究所がありますから、これくらいでも十分に研究が出来るはずです。そうすると、5年間で5千万円ですから、90億円あれば180人の研究者が5年間独自の研究を進められます。30倍すれば、5400人となります。つまり、同じ金額を使って、30人の特別エリートの5年間のプロジェクト研究を進めるのと、5400人の5年分の給与と研究費を与えるのと、どちらかを実行するのか。これを決めるのに官僚と政治家がおもいつきで決めればそれでいいのでしょうか」

 このプログラムにも選ばれている山中伸弥京大教授のiPS細胞は、日本で開拓した仕事なのに、既に世界的な研究前線から立ち後れ始めています。非常に広範囲な生命現象と関係する仕事であるほど、日本は必ず負けます。国内にオリジナルな研究フィールドを持つ研究者が非常に少ないからです。生命科学で欧米の研究者には流行を追わず、自分だけの実験系を持つことを誇る流れがあります。個々の実験系は小さな存在でも、画期的な仕事の成果を落としてやると新たな生命現象の意味が見えてきます。それが数千、数万とあれば、流行を追って、にわか仕立てで研究する国内勢を圧倒しないはずがありません。最先端を支えるには何にお金を掛けて誘導すべきか、考えねばなりません。これまでにも第145回「大学改革は最悪のスタートに」などで研究評価の在り方を論じています。

 民主党は批判の動きを見せています。《民主党の最先端研究開発支援プログラムの申し入れを評価―嘉山孝正国立大医学部長会議常置委員》には「このプログラムは自民党の単なるばら撒きだった。(申請内容が)箱物で、工業系や化学系などの中小企業にお金が行くようになっていて、経団連が喜ぶ内容」「医療系の研究は選ばれにくかった」との指摘があります。毎日新聞の「最先端研究開発支援:対象に山中教授ら 民主『凍結も』」によると「『金額が大きいだけに、もっと時間をかけるべきだ』との意見も出たが、事務局の内閣府は『選定に時間をかければ、研究をする期間が短くなる』と押し切った」そうです。税金の無駄遣いとして、話になりません。景気対策の名の下に進行していた乱用の実態です。 (了)


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