国が激しく入り乱れた春秋戦国時代と同様、一国だけで存在できる現代ではない。各国それぞれ、どんな事情にもそれをつくり出した流れ、つまり歴史があり、常に国境を越えた力の作用・反作用が織り込まれている。
「小泉改革は欧米型の競争社会を日本に押しつけようとしている」と異を唱える人がいる。待って欲しい。今の欧米型競争社会をつくり出した、かなりの責任は日本にある。地球に日本という国がなければ、各国にはもっと平穏な社会が現在も続いていたであろう。
この連載第68回「日本の自動車産業が開いた禁断」でそれは論証されている。
自動車産業で花開いた、無駄をそぎ落とした日本的な「リーン生産方式」の普及は、果てしない競争へと続く「禁断の箱」を開いてしまった。工場労働のグローバリゼーションを急速に進めた。日本車の輸出攻勢を前に、各国の工場に固有に存在していた余裕、つまり「労働文化」は破壊され、均質の競争文化で埋め尽くされた。
こうして競争が激化する過程で、欧米のホワイトカラーの生産性はどんどん上がり、自分を磨こうとしない日本のホワイトカラーを遠く置き去りにした。高等教育機関が対応できる体質を持っていたことが大きい。工場現場ではたとえ対等でも、世界戦略を考える経営・企画力やデザイン、販売力で見劣りしてしまうのが、現在の彼我の関係である。ホワイトカラーの大集団である金融業界が、金融工学の駆使や個別企業や事業の分析力で欧米から比較にならない後れをとってしまっている事実に端的に現れている。
だから、単に「競争社会にする」と言って済む問題ではない。このギャップをどう取り返していくのか、政府にすべて任せずに、業界も企業も個人も戦略を立てて取り組まねば、それこそ「お経」の世界に止まってしまおう。
第106回「小泉内閣が既に変革した若者の心」は、今回の論旨とも通じている主張「右肩上がりの成長を続けた高度成長期以降、この国の大人たちはもう随分長い間、戦わずに済ませてきた」を中心にして、前半部分をiモード版として公開している。それを読んだ携帯電話世代からメールがいくつも届いている。一部抜き書きを紹介しよう。
「確かに今の日本には自ら道を切り開く気持ちが薄れていたと思います。じっとしているほうが今まで得でした。しかし、これからは自分から困難に立ちむかう人が生きやすい世のなかになるでしょう」(K)
「ぐさっ!と言う感じがしました。これからもがんばってください」(S)
「参院選挙の結果を見た感想は、自民党にとって最後のチャンスが与えられたなー、という感じと、言いようの無い漠然とした今後の不安、しかし何かが始まるということは分かっているので、腹をくくらねばという思いが同時に有ります」(G)
分かる人にはもう理解されたと私は信じる。ただし個人としてどうすればよいのか、特に年上世代になればなるほど、これからどう生きるべきか決めるのは難しい。
教育のありようも変えねばならないが、それが「ゆとり」教育にあるとは思えない。日米の大学差を取り上げた時評「東大定年延長を止めない不思議」を読まれた方は、追いつくべき道のりの、あまりの長さを思って欲しい。それでも立ち上がらねばならない、ぎりぎりの「時」に我々は来ている。小泉改革がそれほどの中身を持たないのなら、別の「改革」へと乗り継いでも。
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