イヤホンで知る危機ものづくり日本(20030921)

 この10年間、私の音楽鑑賞で主役だったのは、5千円くらいで買ったアイワのイヤホンHP-D8だった。その旧型機も気に入っており会社に置いたり持ち歩いていた。この初夏、旧型機のコードが朽ちて切れ、材質が同じHP-D8もやがて諦めねばなるまいと悟った。当然、アイワに代替品を求めたが、そこには音楽を聴ける製品は無かった。数ヶ月、色々な製品を聞き歩いて、ようやく次の主役になれそうな独ゼンハイザー社製MX500に出会った。10年前の品質を維持できない経過と私の選択に「ものづくり日本」の危機が浮き出ていると思う。なお、数万円出せばヘッドフォンタイプにもっと高音質の製品が存在しており、ここでの話は実売価格が数千円のイヤホンに限っている点をお断りしておく。

 技術レベルの維持には何が必要

 イヤホンと呼ぶとラジオの付属品のように聞こえる。ソニー・ウォークマンで若者に広まった、耳に差し込むタイプのヘッドホン、インナーイヤー型のことだ。スタックス社のコンデンサー型ヘッドホンなども持っているが、大汗っかきの私には耳を覆わない点がとても快適だ。昔、アイワの製品に決める際にも随分いくつも聞き比べた。HP-D8は旧製品の時代からタコの吸盤状をしたゴムとスポンジで耳と密着させる構造なので、接着剤を含浸させる細工をすると低音の特性を微妙に変えられた。硬質な振動板で最高音域まで伸びて実にフラット、繊細、緻密。記憶では当時のアイワにヘッドホン作りの名人がいらした。

 アイワ社がAV不況のここ数年、経営に苦労したのは承知している。ついには最近、ブランドだけ残して親会社のソニーが吸収するに至っている。今年、買ってみた製品は磁石やコードの材質などは昔ながらに吟味されていても「中国製」の表示。設計は国内と思われるが、音域バランスは低音をむやみに持ち上げ、高音の伸びも消えて、かっての名人芸は伝えられていなかった。

 他の国内メーカーの主な製品も聴いてみた。結論を言えば、ソニーなど音域のバランスでは良好な製品もあったが、音楽のボディ、演奏者のハートを伝えて来ない。何となく音がきれいなだけの製品が多い。昔の聞き比べ時より全体にレベルが落ちていると思えた。そんな折、パソコンショップで定価4100円の半額以下、2000円の値が付いているゼンハイザーのMX500をたまたま見つけた。以前に噂を聞いたことがあるものの、最近の店頭にはなかった。

 国内勢が変化に富んだ曲面を多用してデザインが凝っているのに比べ、MX500は武骨とも言える素っ気なさだ。プラグも、国内勢は金メッキが当たり前なのに、銀色のまま。いま1カ月余り使いエージングが仕上がるころ、私が聴く広範囲の音楽に柔軟に追従する点に驚いている。1回目はたいてい首を傾げる出来なのだが、2回目でHP-D8を思わせる緻密な表現に変身する。ただ最高音域のシズル感はまだ足りない。こう言って分かってもらえるか自信がないが、女性ボーカルで声帯の粘膜が光っている感じも、まだ薄い。

 技術は人についている――確かにそうなのだが、一度達成した技術水準を易々と失っていては一国の文化レベルにも響く。「ものづくりインタビュー『人間にとってもいい』ものづくり 三井石根氏」で、NASAエイムス研究所上級研究員の三井さんは次のように指摘する。

 「判断できるトップがいないということで、スペシャリストがきちんと評価される仕組みがない」「対策をたてる時、アメリカではまずシステムを構築するが、日本はまず人づくりをしようとします。そのためどうしても個人依存になってしまわざるを得ません」「ものづくりでも同じで、師弟関係は人に依存しすぎていて、人がいなくなったり後継者が見つからないと、そのノウハウが失われてしまうことになります。もっとシステムで補う必要があるのではないでしょうか」

 長いAV不況の中で、かつての日本が誇った色々な音響技術が失われたのではないか。それどころか、全産業で続いた大規模なリストラで、物作り技術のノウハウが櫛の歯が抜け落ちるように欠けていったと見て良かろう。イヤホンはその一断面に過ぎまい。そして、そこには企業だけの問題でない面もある。(次項「消費者側も変化していないか」へ)



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