白川さんの場合も仕事の理解者は米国にいた。そのいきさつがイーサイエンス社「白川英樹博士へのインタビュー」にある。
ポリアセチレン膜に導電性を与える研究を諦めたころ「あるときに、アメリカから先生が来られてセミナーをする機会があった」「その先生とある日本人の先生とお話をしてる間に、『日本の研究者の中で、光輝くフィルムを作っている研究者がいる』ということを日本の先生がお話ししたら、そのアメリカの先生が『是非会ってみたい』、という事になった」「本当に飛び上がってビックリしていました。日本でこんな仕事をしてる人がいるのかと。もう、是非一緒に仕事したいからアメリカに来てくれ、と言われた」
そして渡米、有機化学の白川さんと異分野である無機化学、物理の研究者2人が組んだ結果、導電性高分子という新分野が開けることになる。
田中さん、白川さんの仕事が国内で大樹になれなかったのは、国内には世界で誰もしていない仕事をしようとする研究者が少なすぎただけである。全く測れないものが測れる。存在しなかった物質が出来た。それを、ぞくぞくするような感覚で受け止めるか、既存の存在や基準に当てはめて「使えない」と投げるか。前例依存、権威依存に終わっていてサイエンスが成立しようか。
苦言を呈するのも、大学の研究者に自分の領域に閉じこもる傾向が顕著だからである。京大理学部の山田耕作教授は「理学部の大学院重点化をめぐって」でこう述べている。
「昔の先生方に比べて教官の指導力が非常に低下してると思う」「研究一本槍で、非常に視野が狭い」「戦後の僕らの先生にあたるような人たちは、物理なら物理でも非常に広い視野があって、いろんな分野を手がけて、意義とかも慎重に考えられたと思うんですけども、われわれの世代になると、単に手伝いだけをして、先生のいう通り仕上げたという人が指導者になっている事が多い」「リーダーにはなれない人が、リーダーになっていて、学生にまともな研究テーマが与えられない」
こうはっきり言われると言葉もない。研究者の視野ばかりか、そんな「ローカル土壌」だけ当てにする科学ジャーナリズムも問われている。 (了)
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