空想の所産と言えば、−3.9%分の森林などによる吸収量の確保の方が、もっとひどいかもしれない。森林の面積はほとんど変わらないのに、管理をよくすることで、その総蓄積量は現行対策の3,930百万立方メートルから4,410百万立方メートルにも増やす。私の連載でも第48回「残したい森林資源どう守る」で描いた通り、この国の森を守る人的資源と組織はとっくに崩壊している。本 当に森林蓄積を本格化するなら、大幅に仕組みを変えねばならない。少々のお金を入れたくらいでは無理だ。それだけの覚悟は読みとれない。
海外はどうしているのか。
「英国はどのようにして20%の排出削減を達成するのか?」は「2010年までに電力の少なくとも10%を風力、波力、水力など再生可能なエネルギー源からつくる」とまず述べる。現状の4倍増にもなるこの計画は「画期的なGCTS(Green Certificate Trading System)の活用によって達成される事になります。このシステムは化石燃料からエネルギーをつくっている企業が風力など再生可能エネルギー企業から'グリーン証明書'を購入しなくてはならないというものです」
英国は近年、天然ガスの生産が盛んで二酸化炭素を大量に排出する石炭火力発電から転換、おかげで既に1990年水準以下の排出量になっている。これに加えての対策だが、再生可能エネルギー利用に意欲が読みとれる。
実はEU、特にドイツには英国と同様な好条件が最初から埋め込まれている。90年という基準年は東ドイツとの統合がなり、出発時点で旧式設備で大量排出していた東の分を取り込めるのだ。EU全体として計算することにもなっていて、効率が悪かった東欧諸国が参加することでも基準年のベースが膨らむ。よく言われるたとえだが、絞れば絞れる濡れ雑巾状態になっている。
そして、ロシア、ウクライナなど旧ソ連諸国は経済停滞により98年の排出が90年に比べて4割減っていた。こちらは余裕という言葉を超えている。
阪大社会経済研究所の西條辰義教授による「京都議定書と欧日米の地球環境戦略」はこうした事情を説明し、京都議定書の問題点を次のように指摘する。
「日本は乾きかかった濡れ雑巾であり,絞る余地がほとんどない.技術革新や人々の生活態度が変わらない限り,議定書の目標の達成すら定かでない.米国は水を十分に含んだ濡れ雑巾だが,米国流の生活態度や国益を盾に絞るつもりがあまりない.このような状況のなかで欧米日がほぼ似通った削減率を持ってしまった」(了)
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