巨額な発明対価判決が映すもの(20040311)

 青色発光ダイオード(LED)の開発者、中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授が元の勤務先である日亜化学工業(徳島県阿南市)に対して発明対価200億円の判決を得たのと前後して、日立製作所に光ディスクの読み取り技術で約1億6200万円、味の素に人工甘味料アスパルテームで約1億8900万円と、従来にない億単位の発明対価を認める判決が相次いでいる。額の大きさだけ見て喝采する人、理系人間に追い風と喜ぶ人、国内での研究開発の危機を叫ぶ人、特許法の改正まで求める人……どうも一面的で何か違っているように感じる。茶飲み話の一時騒ぎで終わらない影響はあるのだろうか。

 裁判結果は必然的な展開

 200億円の巨額さを告げるニュースには私も一瞬、息をのんだが、裁判の経過を知れば、こうなるしかないと知れる。裁判官はこう判決するしか選択できなかったのだ。

 日亜化学工業が青色LEDの技術独占によって、無名の田舎企業から2003年時点で10年前の10倍近い売上高1800億円、従業員3000人の規模にのし上がったことは誰の目にも明らかだ。にもかかわらず日亜化学工業側は裁判で新日本監査法人の鑑定書を提出し、東京地裁判決「2 被告の反論」にある通り「青色LEDが製品化された平成6年12月期から平成13年12月期までの間に、特許関連製品により被告会社にもたらされた損益を計算すると」「14億9000万円の損失という結果になる」との主張を展開した。

 巨額の利益どころか14億円余りも損をした――どうしてこうなるのか。「特許法上の相当対価請求は、使用者があげた利益の分配的な要素を持つものであるが、分配の対象になるのは、単なる計数上の利益ではなく、支払利息や為替損益等の営業外損益を控除した後に、最終的に企業の手元に実際に残った利益とみるべきである」と主張し、計算の基礎は税引後営業利益ではなく、税引後当期利益にするなど、素人目にも無理な目減べらし計算を重ねている。

 やはり判決文から「第三 当事者の主張」で、これに対応する原告側鑑定を見ると、監査法人トーマツ作成の「青色LED特許権の『相当の対価』算定における無形資産の超過収益の価値評価について」と題する書面があり、特許が切れる2010年までに「上記超過収益額は2652億4300万円」としている。

 判決後の批判の中に「専門家でない裁判官に何が分かるのか」といった見当違いなものがあった。確かに裁判官は専門家ではない。だから原告・被告の主張するところをよく聞き、並べられた選択肢から一つを選んで判決に採用する。勝手な創作はしない。「5 独占の利益の算定」の最後で判決はこう述べる。「被告会社は、平成13年度末の時点において、青色LED及びLDの製造販売により、いまだ利益を出していないばかりか、逆に14億円以上 の損失を出していることになるが、これは青色LED及びLDの製造販売により被告会社が巨額の利益を得ている現在の実情とあまりにかけ離れた結論であり、同鑑定書の信憑性自体に疑問を抱かざるを得ないものである」。裁判官が直観的に信用できない主張を展開して勝てようか。

 民事訴訟上ではよくある手だが、「こう思われるが、こうも考えられる」と本論と別にもっと穏当な計算も出していれば、裁判官はそれに乗る可能性があった。この場合は、1円も渡すまいと感情的にすらなっている被告主張の愚かさが原告を助けている形だ。

 日立製作所の訴訟は控訴審であり、一審で3489万円の支払いが認められていた。今回は一審で認められなかった海外特許による利益も対象に含めただけであり、発明者の貢献度は一審同様に14%としている。光ディスクの世界的な広がりを見れば何の不思議もない。

 味の素訴訟も億は超えたものの、原告主張に比べささやかな認定だった。原告は、会社は300億円近い利益を生み出し、本人の貢献度を83%として247億円が発明対価であるとし、そのうちの20億円を請求した。これに対して、生まれた利益は79億円余り、本人貢献度は2.5%と算出、1000万円払われていた報奨金を差し引いて判決額とした。

 いずれも判決にそんな無理があるようには見えない。日亜化学の場合、研究中止の社長命令が出される環境下で孤軍奮闘の開発がされ、裁判官が普遍化できないケースと念押ししている。「貢献度50%」は特別認定なのである。日立、味の素も比べれば、モノにならない技術も開発する会社側の投資リスクも、本人貢献度の見積もり過程で、ある程度は考慮されていると感じる。

(次項「理系不遇社会への波紋は」へ続く)


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