理系不遇社会への波紋は

 中村教授が報奨金として2万円しか受け取らなかったと主張しているのは、私が聞いた話と少し違う。会社を去る頃には田舎企業の研究職にしては高めの年収になっていたと聞く。ただ、積み上げても実質百万円オーダーの報償であり、青色LEDの技術独占に見合うものではない。

 3月にはいると、東芝で半導体フラッシュメモリーを開発した舛岡富士雄・東北大教授が、やはり発明の対価を求め、10億円の支払い訴訟を東京地裁に起こした。200億円の利益、貢献度は20%とし、発明対価40億円の一部を請求した。ほかにも億円単位の訴訟が係争中であり、流れは出来つつある。

 舛岡教授のインタビューが朝日新聞(3日付経済面)に掲載されており、提訴の背景が語られている。一番の思いは研究者に正当な評価をし遇して欲しいだった。「私自身、東芝で研究所長になったが、その後は研究費も部下もいない閑職に行かされそうになった。だから、給料は減っても研究が続けられる大学に移った」。報奨制度は「ご褒美をあげるルールが整備されただけという印象だ。本当の意味で研究者を大事にした制度ではない」。中村教授には国内の大学から誘いはなく、米国の大学まで打って出たが、舛岡教授と相通じる気持ちがあると感じる。

 理工系の大学出身者は、日本の社会では文系に比べて給与面で不遇とされている。好きな研究をしているのだから良しとせよと思いつつも、際立った成果を出した時はそれなりの遇し方があって良いのではないか。アリバイ的な金額の報奨金制度でお茶を濁されてはたまらない。一連の発明対価訴訟は理系、特に研究職からの異議申し立ての側面がある。

 理系と文系の報酬格差について検索で調べると「研究者(発明者)の側から見た職務発明制度」(渡部俊也・東大先端科学技術研究センター教授)に元は阪大による調査で「生涯賃金 文系4億3600万円 理系3億8400万円」のデータが示されている。5000万円の差である。

 家一軒分の差だが、ある意味で実感しにくい数字だ。そこで上智大経済学部出島研究室の「データを探しに」を紹介する。主題は大学教員の給与だが、次の通り、民間給与の月額ベースで理系と文系の幹部職給与比較になっている。出所は人事院「民間給与の実態−平成8年職種別民間給与実態調査の結果」である。

平均給与月額
(企業規模500人以上。ボーナスは含まず)
 48−52歳  
大学教授720712円
事務部長771350円
支店長 857529円
研究部長665959円
技術部課長695547円
工場長 683219円
医科長 1021352円
医師  916848円

 ボーナスを含めるとこの差はかなり拡大すると考えられる。最近まで金融業界や商社などでは高額な賞与が出ていて、製造業のそれとは比較にならなかった。また、実は理系職場の中でも、民間企業の研究職は相対的に低い立場にあると知れる。実務畑の技術部課長、さらには経営に関与する工場長の方が給与ベースは高いと読みとれよう。

 一連の判決に対する企業からの反応は、大手800社以上を会員にする日本知的財産協会(旧・日本特許協会)の「職務発明に対する対価について」に本音が溢れて出ている。日亜化学と日立の「両判決は、産業界にとって驚くべき金額を認容したものであり、企業活動に支障を与え兼ねないものである。このような判決を生み出す根拠を与える特許法第35条は経済活動の基本理念を尊重すべく早急に改正すべきである」

 また、「両判決は、特許法第35条を、企業経営の実態から遊離した時代遅れの形式論理の下に解釈されたもので、産業法たる特許法の本旨を否定するものであり、社会的正義と公正からは認容できないものである」とも言う。A4判2ページのどこにも研究者を大事にしてこなかったことへの反省の言葉もなく「現在、一部の企業で発明者に対する報償金の支払額を増額または上限の撤廃をする動きがある。これは発明者に対する報奨としてのインセンティブの付与であり、補償金としての性格とは異なる側面がある」とまで踏み込まれると、研究者側の神経は逆なでされるばかり。

 米国の企業は契約主義だから、事後的に日本のような巨額な請求は発生しないが、実際は人事面での抜擢やストックオプションの付与などで文句が出ないよう優遇する。そんな事情は知っているはずの知的財産権の総本山がこんな調子では、対決ムードは高まるしかない。「監督がアホやから」と言って辞めたプロ野球選手がいた。研究者たちは「日本の企業経営者には技術を見る目がないから」と言って提訴しているのだ。正当な評価が企業の成長・存続に不可欠だと、もう気付かねばならない。 (了)

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