[大学人自ら変わる時]

 「法人化で学問の自由と大学の自治が危機にある」と訴える大学人の声に、メディアも世間一般も冷たい態度だった。「学問の自由」の名の下に、国立大ではさして効率的な研究も教育もされず、自己チェックもなく、国際水準から遠い存在と化してしまったと、世間一般の人たちは感じている。

 ホワイトカラーの能力が欧米企業から大きく劣っている現実だけとっても、大学教育に大きな責任があると言うしかない。日本企業がこれまで本物の実力主義で出来ていなかったために、大学は従順な人材さえ送り続ければ良かった点を差し引いても、ひどい。また、研究テーマの選択で世界に例が無い独創を狙うより、流行に流され続けている傾向はずっと改まらない。多数のベンチャー企業群を生み出すような科学技術面の活性度が低い点も、米国と比べたら、あるいはアジアまで含めた諸国と比べても相当な「重症」と、科学技術分野で取材経験が長い私は考えている。

 とは言え、政府が考えている大学評価の仕組みは「科学研究費補助金の審査方式に準じて」とあり、学閥が支配する現状への洞察も反省も無く、不毛な結果になることは目に見えている。やはり採るべき道はピアレビュー方式しか無い。世間を納得させるピアレビューを実現するには大学研究者をトレーニングするしかなく、それには人事を透明化し、完全公募制にするのが早道だ。2年前、大学改革が議論されている最中に、私は次の2項目で本当の大学改革が可能になるとの提案をしている。

1.助手や助教授に対する教授の人事権を廃止、教官選考は公開、公募制とし、選考委が学部にどういう専門分野の人材が必要かを検討して選ぶ。

2.その大学の出身者は学外機関での勤務経験を経ていなければ給与を70%しか与えない。この規定は現職の全教官に対しても5年後から適用する

 2番目の項目は現状のままで法人化したために実現は難しくなった。残念なことに学閥の澱みを長期に引きずるしかなくなったのだが、第1項目は直ちに実現できる。公開の場での人事選考を多くの大学人に経験させ、その過程で狭い研究分野に閉じこもりがちな教官に一回り広い学問分野全体のことを考える機会を持たせる。公平な審査を数多く経験させることにしか、本質的な改善に導く方法はないと考える。大学の自治とは本来はこうした営みだろう。

 大学改革の動きが表面化して各種シンポなどで共通して聞かれたのは、大学での研究と教育について評価システムが出来ていないとの嘆きであった。長い時間を経て形成された格付け機関が無い日本で「誰かが正しい評価をしてくれる」と大学人が思っていることに私は呆れていたので、大学評価学会で自らピアレビューをしようとする動きが表面に出たことを歓迎した。実のあるピアレビューを実現するために、大学人自ら早急に変わらねばならない。

 [追記] 法人となった89国立大の今後6年間の中期目標が5月11日、文部科学省から公表された。当初は国が求める数値目標を嫌っていた大学が多かったが、国立大学法人評価委員会から修正を求められてほぼ半数が数値目標を盛り込んだと伝えられる。今回のコラムとの関連で、どんな数値目標があるのか列記してみたい。九州大「特許出願件数を2007年までに150件に増やす」、横浜国大「法科大学院の司法試験合格率70%程度」、東京学芸大「教育系卒業生の教員就職率を2009年までに60%に」、滋賀医科大「医師国家試験合格率95%を目指す」、東京農工大「地域との連携を6年間で60件以上実施」……。いずれもおやりになることに異存はない。しかし、これが当該大学の評価指標だと言われたら、余りにも大学のことを知らないと申し上げて憚らない。(了)

(このコラムは英国の電子ジャーナル「electronic journal of contemporary japanese studies」に英訳を載せるために作成しました)

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