暴走へ向かう大学改革に歯止めは(20030308)

 政府は2月末、「国立大学法人法」の関係6法案をまとめ国会に提出した。来年4月からの法人化が現実の日程になると同時に、学科など大学の組織を変える権限を、従来の文部科学省認可から、学外者が加わる役員会に委ねる。社会の流れに比べて、学科や講座の改変が滞りがちな現状を変えたいとの狙いであるが、使い方次第で大きな混乱を呼ぶ。例えば、もともと行革からスタートした今回の改革では、法人化に先立って大学の統合や学内組織の統廃合が始まっている。その中で気になる動きを挙げれると、経済学分野で成果を出している京都大経済研究所と大阪大社会経済研究所が小規模のゆえに統合廃止対象と言われる騒ぎが起きていて、大学改革は既に暴走気味と申し上げてよい。大学人が自ら望んで引き出した改革でない、「押しつけ改革」の弊害が早くも表面化してきた。

 超一級研究者がトップの阪大でさえ

 京大経研と阪大社研の統合廃止問題について、日本経済学会の正副会長、常任理事5人の有志連名で「京大経研と阪大社研は、独立の研究所として存続すべきである」が1月末に出された。両研究所のこれまでの業績を示す客観データをこう表現している。

 「全国の国立大学附置経済系研究所の中で、教官一人当たり論文数(Econlit による)では阪大社研が1位、被引用件数(Social ScienceCitation Index による)では京大経研が1位である。なお2位はそれぞれ、京大経研と阪大社研である」

 「京大経研と阪大経研は、いかなる意味においても、『研究活動が国際水準に達しない大学の研究所』を廃止することを目的とした統合廃止の対象になるべき研究所ではない。むしろ少ない人数・予算で最も高い研究水準を維持したこれら2研究所こそ残すべきであろう」

 この意見には、過去にいずれも取材した経験がある私も異存はない。

 当事者の阪大経研、梶井厚志教授が開設している「『社会経済研究所の存亡について一言』のページ」は、廃止に向かって進む動きの理不尽さを具体的に記している。

 1月に表面化した際に、マスメディアに対して文部科学省が漏らした統廃合理由は「レベルの低い研究所は廃止」だった。ところが、昨年からの実際の交渉経過は違う。

 「レベルの低い研究所を廃止するどころか、研究評価による附置研究所の優劣をつけること自体を拒否してきたのは文部科学省であり、逆に社研は研究業績評価で決着をつけようとしてきた」

 「業績評価基準を立て、その基準を一般に公開した上で、それにてらして『レベルの低い』研究所を廃止することこそ本筋の議論であるはずだ。しかし、これまでの経緯から私が判断するに、責任をもってそれを実行する能力は文部科学省にも大阪大学にもない」

 今後の統廃合の決定は、冒頭に述べた法案内容に則して文部科学省認可から学内での綱引きに移りつつあるようである。しかし、阪大トップ、学長の岸本忠三さんがどんな人か知っている私には、単なるドタバタ劇と言ってすませられない、改革の先行きを心配させる深刻な例に思える。

 岸本さんは免疫系で大きな役割をする物質インターロイキン6の発見者であり、「Japan's Citation Laureates, 1981-1998」で、世界的なハイ・インパクト論文を連発して「引用最高栄誉賞受賞者」となった国内30人のひとり。阪大経研側が掲げた研究評価客観指標の、最も優れた体現者なのだ。

 統廃合騒ぎの震源地、科学技術・学術審議会「新たな国立大学法人制度における附置研究所及び研究施設の在り方について(中間報告)」には「必要規模としては学問分野やその研究所の目的・使命により異なるものの、学部や研究科の規模や、基本的組織としての位置付け等を考慮すれば、30人程度がその目安となろう」とあるが、その直後に「この目安については、硬直的に適用することは避け、役割・機能の重要性にも配慮して弾力的に運用すべき」と但し書きがある。

 お墨付きさえあれば、研究内容の吟味など吹っ飛ばしてリストラに進む官僚的体質が、もう大学に蔓延しているのではないか。人にも恵まれている、あの阪大ですら……。(次項へ)


8.目次 9.次項