第704回「村上のワクワクとドキドキ:MLB挑戦1年に感謝」
久しぶりに野球に胸躍らせた年でした。日本で三冠王の実績を引っ提げて乗り込んだのに、村上宗隆にはメジャーリーグ高速球が打てないのではと疑問符が付いてシカゴ・ホワイトソックス球団と格安の2年短期契約を結ぶ展開になりました。しかしメジャー29球団から背を向けられた村上が4月の開幕戦から120メートル、130メートルの特大本塁打を打ち続けて見方が一変しました。5試合連発、本塁打王争いトップの5月には全米メディア報道が熱狂しました。2023年のWBC決勝、日本対米国戦で本塁打を打っている村上に十分なポテンシャルがある点は、日米の事情通には当たり前でした。私もパソコンにMLB専用タブを設けて朝に確認が日課になりました。
春の快進撃から優勝争い
村上の活躍が「リーグのお荷物」と言われた超弱小球団ホワイトソックスを覚醒させた点が大きな話題になりました。2023年に61勝101敗、2024年に41勝121敗、2025年にも60勝102敗と3年連続100敗以上の負け犬でした。上位12球団でワールドシリーズ優勝まで争うポストシーズンへの進出確率は、シーズン開幕当時「1パーセント」と評価され、無視されていました。
実は球団側も村上が獲得できるとは思っていなかったそうですが、2025年から指揮を執るウィル・ベナブル監督は父親が千葉ロッテの助っ人として活躍した2年間を日本で過ごし、大学の卒業論文で日米の野球コミュニティを論じた日本通でした。渡米までの期間、球団が自分に何を求めているのか、何が出来るか聞き取りに時間を使ったそうです。
英語が苦手な日本人は通訳を付けてもらうとその裏に隠れがちですが、村上は春のキャンプ2日目には選手と話していたと監督が証言しています。キューバ出身の強打者バルガスと直ぐに親友になり、日本語とスペイン語に英語がごちゃ混ぜスタイルだそうです。
有望な若手を集めて再建中のチームに「俺たちは勝つ集団だ」と言い続けて、自分のヒットよりチームの勝利を喜ぶ――朝一番早く球場に来て地道に練習するスーパースター村上が真ん中に立って、負け犬根性は霧散していきます。球場スタンドに村上Tシャツのファンが溢れます。
村上は足の故障で6週間も戦線離脱しますが、目覚めたチームは復帰まで踏みとどまります。合わせて96日間、ア・リーグ中地区首位を守り、84勝78敗でポストシーズン進出を達成、連続100敗チームとして史上初でした。村上は35本塁打でリーグ5位でした。
オールスター戦出場でのインタビューで出たタンカも書き残したいものです。「ホワイトソックスは弱いチームと見られて得をしているのでは」と記者から意地悪な質問が出ました。「うるせえっ。メディアの皆さんの言うことなど気にしません。俺たちは勝つチームです」と言い返し、通訳は上品に言い直しましたが、日本語原文の方がSNSで大ブレークし、3年100敗で鬱積した地元シカゴファンの留飲を下げたんです。
ポストシーズンの栄光と挫折
ポストシーズンの最初の相手ヒューストン・アストロズにあっけなく連勝してホワイトソックスは順調に見えましたが、強力な投手陣を持たない弱点は明かでした。先発投手が十分でないために工夫を凝らした継投策に頼らざるを得なかったのです。
それでも地区シリーズ5連戦でクリーブランド・ガーディアンズにまず2連勝し、村上にとってもポストシーズンのハイライトでした。初戦4回一塁、左打者の村上が相手の剛腕左腕の初球内角高めシンカーを高い弾道のツーラン本塁打にし、決勝点になりました。第2戦は4回無死一、二塁、ア・リーグ奪三振王の右腕からフォーシームを右前へはじき返し、1点差として終盤の逆転につなげました。いずれの球も時速160キロ前後の高速球でした。
ガーディアンズは毎年のようにポストシーズンに進出している強豪で、1、2戦では崩せた投手陣を立て直してきました。敵地での4連勝からシカゴに戻ってきたホワイトソックス打線に思うようにさせず、最初から総力戦模様だった投手陣が疲弊してきました。
本拠地シカゴで連敗し、クリーブランドに移った第5戦、若いホワイトソックス打線はガーディアンズ投手陣の術中にはまり、新記録の21三振を喫しました。村上は4三振で、特に6回の二死満塁機に先発右腕から左腕にチェンジされて凡退が痛かったと言えます。
試合後に敵将ボート監督は「4三振奪えて我々の準備が良かったが、村上から長打力が消えたことにはならない」「村上はやはり怖い」と、同じ地区に強敵が現れた来シーズンを見据えていました。
1年終了、そして築いた絆
mlb.com《【一問一答】村上宗隆、地区シリーズ敗退でメジャー1年目が終了》はこのようなやり取りを伝えています。
――この1年通してメジャーリーグという舞台はどういう場所になったか
「本当にすごくいい経験ができましたし、アメリカに来て野球をすることができて本当によかったなと思っています。本当にこれがスタートラインだと思っているので、またここからもどんどん自分の野球人生においてスキルアップをしていきたいなと思ってます」
――全体的に自分の期待値からどういうような位置で最後シーズンを終えられたか
「最後こうして負けて終わったっていうのもまた来年につながると思います。何よりシカゴでポストシーズンの試合ができて、本当に自分の中ですごくうれしかったですし、このホワイトソックスに来てこういうプレーができて本当に幸せを感じました」
フェースブックでのホワイトソックス公式からの〆の言葉は「私たちの物語の季節は終わってしまいました。なんて一年だったのでしょう」でした。いい夢を共有できた感動も見えます。
本拠地でのポストシーズン試合はチームカラーの「黒」4万人で埋め尽くされました。村上は日本で「村神様」と呼ばれ、シカゴでのチャントも「ムラゴッド」でした。
【関連】第702回「日本野球がメジャーリーグを改造しつつある」
春の快進撃から優勝争い
村上の活躍が「リーグのお荷物」と言われた超弱小球団ホワイトソックスを覚醒させた点が大きな話題になりました。2023年に61勝101敗、2024年に41勝121敗、2025年にも60勝102敗と3年連続100敗以上の負け犬でした。上位12球団でワールドシリーズ優勝まで争うポストシーズンへの進出確率は、シーズン開幕当時「1パーセント」と評価され、無視されていました。
実は球団側も村上が獲得できるとは思っていなかったそうですが、2025年から指揮を執るウィル・ベナブル監督は父親が千葉ロッテの助っ人として活躍した2年間を日本で過ごし、大学の卒業論文で日米の野球コミュニティを論じた日本通でした。渡米までの期間、球団が自分に何を求めているのか、何が出来るか聞き取りに時間を使ったそうです。
英語が苦手な日本人は通訳を付けてもらうとその裏に隠れがちですが、村上は春のキャンプ2日目には選手と話していたと監督が証言しています。キューバ出身の強打者バルガスと直ぐに親友になり、日本語とスペイン語に英語がごちゃ混ぜスタイルだそうです。
有望な若手を集めて再建中のチームに「俺たちは勝つ集団だ」と言い続けて、自分のヒットよりチームの勝利を喜ぶ――朝一番早く球場に来て地道に練習するスーパースター村上が真ん中に立って、負け犬根性は霧散していきます。球場スタンドに村上Tシャツのファンが溢れます。
村上は足の故障で6週間も戦線離脱しますが、目覚めたチームは復帰まで踏みとどまります。合わせて96日間、ア・リーグ中地区首位を守り、84勝78敗でポストシーズン進出を達成、連続100敗チームとして史上初でした。村上は35本塁打でリーグ5位でした。
オールスター戦出場でのインタビューで出たタンカも書き残したいものです。「ホワイトソックスは弱いチームと見られて得をしているのでは」と記者から意地悪な質問が出ました。「うるせえっ。メディアの皆さんの言うことなど気にしません。俺たちは勝つチームです」と言い返し、通訳は上品に言い直しましたが、日本語原文の方がSNSで大ブレークし、3年100敗で鬱積した地元シカゴファンの留飲を下げたんです。
ポストシーズンの栄光と挫折
ポストシーズンの最初の相手ヒューストン・アストロズにあっけなく連勝してホワイトソックスは順調に見えましたが、強力な投手陣を持たない弱点は明かでした。先発投手が十分でないために工夫を凝らした継投策に頼らざるを得なかったのです。
それでも地区シリーズ5連戦でクリーブランド・ガーディアンズにまず2連勝し、村上にとってもポストシーズンのハイライトでした。初戦4回一塁、左打者の村上が相手の剛腕左腕の初球内角高めシンカーを高い弾道のツーラン本塁打にし、決勝点になりました。第2戦は4回無死一、二塁、ア・リーグ奪三振王の右腕からフォーシームを右前へはじき返し、1点差として終盤の逆転につなげました。いずれの球も時速160キロ前後の高速球でした。
ガーディアンズは毎年のようにポストシーズンに進出している強豪で、1、2戦では崩せた投手陣を立て直してきました。敵地での4連勝からシカゴに戻ってきたホワイトソックス打線に思うようにさせず、最初から総力戦模様だった投手陣が疲弊してきました。
本拠地シカゴで連敗し、クリーブランドに移った第5戦、若いホワイトソックス打線はガーディアンズ投手陣の術中にはまり、新記録の21三振を喫しました。村上は4三振で、特に6回の二死満塁機に先発右腕から左腕にチェンジされて凡退が痛かったと言えます。
試合後に敵将ボート監督は「4三振奪えて我々の準備が良かったが、村上から長打力が消えたことにはならない」「村上はやはり怖い」と、同じ地区に強敵が現れた来シーズンを見据えていました。
1年終了、そして築いた絆
mlb.com《【一問一答】村上宗隆、地区シリーズ敗退でメジャー1年目が終了》はこのようなやり取りを伝えています。
――この1年通してメジャーリーグという舞台はどういう場所になったか
「本当にすごくいい経験ができましたし、アメリカに来て野球をすることができて本当によかったなと思っています。本当にこれがスタートラインだと思っているので、またここからもどんどん自分の野球人生においてスキルアップをしていきたいなと思ってます」
――全体的に自分の期待値からどういうような位置で最後シーズンを終えられたか
「最後こうして負けて終わったっていうのもまた来年につながると思います。何よりシカゴでポストシーズンの試合ができて、本当に自分の中ですごくうれしかったですし、このホワイトソックスに来てこういうプレーができて本当に幸せを感じました」
フェースブックでのホワイトソックス公式からの〆の言葉は「私たちの物語の季節は終わってしまいました。なんて一年だったのでしょう」でした。いい夢を共有できた感動も見えます。
本拠地でのポストシーズン試合はチームカラーの「黒」4万人で埋め尽くされました。村上は日本で「村神様」と呼ばれ、シカゴでのチャントも「ムラゴッド」でした。
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