【特殊性はシステム作りとは別の問題だろう】

 これに対してiモードの成功は、国内関係者からは総合的、戦略的なシステム作りの成果と捉えられている。

 日経デジタルコア緊急討論会で、ドコモの夏野剛iモード企画部長は「資本主義社会においては、きちんとマーケットを創造できるかどうかが、最も重要である」とした上で「iモードは、バリューチェーンである。端末、ネットワーク、ゲートウェイとサーバ、ビジネスプラットフォーム、マーケティング、コンテンツ。これらが端末の画面の裏側に全部あり、全部のバランスが取れていないと、成り立たない」と述べている。

 パケット通信網を整備し、多彩なコンテンツを持ち、勝手サイトを作る一般人も参加しやすいよう簡易なHTML文法で構成された。事業者が利益を得られるよう最初から情報料徴収代行システムも用意した。比べれば「欧米では、メーカーがすべてであり、事業者が望むサービスや、コンテンツへの要望は基本的にはほとんど聞き入れられない。バリューチェーンが分断されていることが理由だろう」

 システム作りの周到さは否定しないが、ドイツなどでの反応を見ると全く別の要因が働いていると考えざるを得ない。それは日本にだけ、小金を持った、軽薄で好奇心に満ちたデジタル・ディバイド層が大量に存在した点だ。

 「携帯電話天国『香港』の魅力に迫る」が「学生が利用している姿はあまり目にしない。日本では、中高生にも相当数普及しているのだが、香港の場合はあくまでも自分自身で収入のある人が利用するものらしい」と紹介する通り、携帯電話の使い方で日本はアジアにおいてすら特殊な存在なのだ。

 「最新の文明の利器」を子どもに使わせることを、親たちはあまり心配しなかった。いや、ブームになった新しい機械に親しませることは、乗り遅れを嫌がるこの国の風習では昔から「善」でしかない。

 「現役小・中学生の母親による本音トーク座談会」では、子どもに携帯を持たせて家庭が変わったと語られている。「父親からの電話だと、けっこうドキっとしてるらしいですよ。携帯電話を持ってるほうが、親の目が届くということですね」とか「昔は冷蔵庫にご飯はこれ、おかずはこれってメモを貼っていましたが、今はなくなりました。携帯電話のメールで済んでしまいますからね」とか「娘が父とメールのやりとりしてるのは驚きました。なにかおねだりしたあとのお礼のメールのようですけど。中学生の娘が父親にお礼するなんて、メールという手段がないと考えられないことですよね」とかである。

 私の理解する限り、ドイツの普通の家庭ではこうした「変化」は容認されない。喜々として受け入れるはずがない。家庭には家庭のやり方がある、それを簡単に変えていいものかと、ぴしゃりと言われるのが落ちだ。今まで目が届かなかったとは、親の責任を放棄しているのか、とも言われそうである。

 「出会い系サイトの犯罪で日本は“先進国”〜横浜でワークショップ開催」にある発言「携帯電話による出会い系サイトでの児童買春などの事件は、まだ他の国では起こっておらず、日本の事例などから学ぶ点は多い」などは、ドイツ人が知れば憤慨するに決まっている。

 出会い系サイトがすべて犯罪に関係するとは言わないが、「女子高生の22%が『出会い系サイト』利用、半数が実際に会う〜警察庁調査」にある行動のありようは海外では無理だろう。半面で、出会い系サイト利用がiモード型携帯電話の普及に大きく寄与したのは間違いない。

 繰り返すが、こういう急激な変化や行動を容認する「小金を持った、軽薄で好奇心に満ちたデジタル・ディバイド層の大量存在」は非常に稀である。その結果が大変な変化であっても気にしないのは、本物の保守主義が存在しない日本だからだ。(次項へ)


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