女性が中心の「小泉純一郎私設ファンサイト」とか、掲示板には様々なメッセージが寄せられている。何が人気の原因かを読みほぐしていくと、彼が戦い続けている政治家だからだと、私は理解した。
大臣になったら、官僚の書くシナリオに乗って演技していけばよいという、日本の「常識」を初めて破った。田中真紀子外相も同じだからこそ人気があるのではないか。国会での外相答弁は、理路整然からは遠く、必ずしも筋道が通っているとも言えない。十分な理屈がある質問側に「いじめるな」と抗議が殺到するのは、戦っている意味をみんなが知っているからだ。理に真実があるのではなく、義に真実を見ているのだ。
右肩上がりの成長を続けた高度成長期以降、この国の大人たちはもう随分長い間、戦わずに済ませてきた。日々の仕事だって、そのつもりならば真剣勝負で火花が散る場面はいくらもあるのに、大方は決められたマニュアルに従って日々の業務をこなしてきた。給料を運んでくれる夫や父親の仕事ぶりには「ご苦労さん」と思っても、家族からすれば、その生き様に感じるものは少ない。そんな戦わぬ生き様の総体が日本社会の停滞を生み出してしまった。大半の子どもは、この社会で生きていくのに真剣に勉強する必要などないと思っている。
少々は不器用でも、そんな社会に対して改革の大義を掲げて戦い続ける小泉、田中の新鮮さは簡単に薄れまい。(次項へ)