例えば、平成11年11月の国立大学理学部長会議「危うし!日本の基礎科学−国立大学の独立行政法人化の行方を憂う−」は「短期間での成果を評価することで行政の効率化を図ろうとする通則法に従って,国立大学の独立行政法人化が行われるようなことになれば,理学部及び関連大学院における教育・研究は息の根を止められ,明治初年以来の営々たる努力の結果,ようやく多くの分野で世界をリードするまでになった日本の基礎科学が衰退するであろうことは,火を見るより明らかです」と述べる。
これに対して文部省は「通則法」は採らず,「特例法」を作るという。大学人はそれで納得するのか。果たして,それが問題なのだろうか。
5月のこの欄「ヒトゲノム解読がゴール間近 出遅れた日本,『機能解析』で巻き返せるか」で,生物学の年間学位取得者の数が日本は米国の30分の1以下,とんでもない人的格差になっていることを指摘した。
そればかりではない。私の連載コラム「インターネットで読み解く!」第13回「大学改革は成功するか」は,労働人口をベースに考えると,日本は米国以上に工学分野の大卒者を多く送り出しているのに,理学分野の大卒者は3分の1しかいないことを,大きな問題とみている。組み立て系産業はともかく,化学などの基礎分野で取り返しがつかないほどに遅れ続けている本質的な理由はここにあるのではないか。