団藤保晴の
「インターネットで読み解く!」

第109回「マニュアル漬け日本、油断の蔓延」 (2001/10/11)

 牛肉消費の大幅な落ち込みにまで発展した狂牛病騒ぎ。罹患した牛を8月に初めて見つけて以来、焼却処分と発表しながら肉骨粉製造に回すなど、行政側が不手際を続けたことが消費者の不信感を増幅した。「安全です」と宣伝しても信じてもらえなくしてしまった。これは例外的な事件なのだろうか。優秀な官僚組織が仕切ってきたはずの、この国の本当のありようは、実は前例踏襲型マニュアルに忠実に対処していただけではないのか。マニュアルと字面さえ合わせておけば注意義務は果たせる――そうして逃げを打ってきた官僚たちの頭上に、最近、大きな重しが載せられた。9月の薬害エイズ裁判・東京地裁判決は元厚生省生物製剤課長に「不作為の過失」を認定したのだ。


◆狂牛病では国研究機関の質も問われた

 クロ認定した牛の処分に、どの役所も責任を持たないで、肉骨粉に加工してしまう不始末が最もクローズアップされている。しかし、最初の狂牛病認定の部分にこそ、この国に蔓延している油断の典型があると思う。

 農水省プレスリリース「牛海綿状脳症(BSE)を疑う牛の確認について」にいきさつが詳しい。

 8月6日、起立不能の症状を呈した千葉県飼育の乳用牛から食肉処理場で脳(延髄)を採取して、動物衛生研究所に送った。8月15日に「動衛研では、BSEの確定診断法の一つであるプリオニクステストにより陰性を確認」。ところが8月24日、千葉県は通常の「病性鑑定検査として実施した病理組織学的検査で脳の組織に空胞を認めた」。スポンジ状の穴があいていたのだからと、9月6日、再び動衛研に資料送付、9月10日になって「免疫組織化学的検査を実施したところ、陽性の反応を得た」。

 現在は独立行政法人となっている、この国立研究機関は釈明の必要を感じたのか、10月1日に記者会見し、その内容を「牛海綿状脳症(BSE)サーベイランス事業と動物衛生研究所」で説明している。言い訳の後に、しかし、「この診断に至る一連のプロセスは,国と県が一体となった診断体制が有効に機能したことを示すものです」との自賛はいただけない。1カ月以上も経過し、やっとクロ判定に至ったのを棚上げにして失笑を買うだけだ。

 プリオニクステストは、スイスのプリオニクス社が開発した検査法である。9月26日、社長自ら動衛研を訪れて同社検査キットを使いながら陰性になった原因を話し合った。「検査の全般にわたって技術的検討を行いましたが,検査結果が陰性になった原因についての結論はでませんでした」と、動衛研側は主張する。が、同社マニュアル指定と違う脳の部位を検査に使ったと、早くから指摘がされていた。同キットを導入する際に「使い方を指導しようか」と問われて、「研究用だから結構」と答えたとも聞く。

 一連の経緯を知ると、この研究機関の人たちは判定システムを現実に合うよう調整する「キャリブレーション」が判っていないのでないかと疑いたくなる。「違う部位でも検査に使えるとの報告が出ている」からと、勝手に変更して検査してしまったようだ。

 検査キットを作るとき、何よりも重要なのは判定が正しくできる事である。反応の感度が高いだけで良い検査法とは言えない。採取する資料がばらつかないよう考え、安全率をどのくらい見込んだらエラーを十分低く抑えられるか、キットを作った人は陽性と陰性の境目を設定するのに非常な苦心をしたはずだ。脳のどの部位を使うかは、おそらく重要なポイントだろう。原因物質プリオンの量が脳に十分多い検査個体なら、その違う部位でも問題なかったのかも知れないが、微妙な場合は決定的な誤りに導く。キャリブレーションは、少々複雑な実験をしたことがある理系の人間には常識だと思う。

 国内に「クロ」の牛はいない――その思いこみが「わが国唯一の動物衛生専門研究機関」を、ずさんな対応に終始させたのではないか。何かやっておけば注意義務は果たしたことになる、そんな姿勢が透けて見える。

 「狂牛病等に関する厚生労働省の対応状況について」にある通り、3月19日に「狂牛病等に関するQ&A」は作られ、欧州の事態を教訓に何が起きても大丈夫と見えた。採るべき措置は採られると。しかし、実際に1頭発病したら、対処する前例が存在しないため頼るべきマニュアルもなかった。場面場面で自分の頭で判断しなければならないのに右往左往するばかり。その結果が、病気の「本場」英国でもしていない、30カ月未満の牛の検査までして安全宣伝することになった。

 6月に出されていた肉骨粉の使用禁止ガイドライン「反すう動物用飼料への反すう動物由来タンパク質の混入防止」は飼料製造工場での混入防止に細々と注意を呼びかけている。ところが、発病後、調べたら分かっているだけで全国で8000頭もの牛に農家は肉骨粉を与えていたのである。病気の牛から作った肉骨粉によるプリオン感染サイクルを絶つ最重要戦略も、実際には未完成だった。

 英国の例から病気になるにはほんの微量のプリオンでよい。規制前に輸入された肉骨粉から鶏や豚用飼料を製造する際、牛用に混入したかもしれない。検査してみたら意外に次々と汚染牛が現れるかもしれない。汚染源の謎解きが済まないと消費者に本当の安心は取り戻せない。


◆地震学が変わった今、原発震災も要検討

 もうひとつ、大きな油断として挙げたいのが「原発震災」の可能性である。昨年来、あちこちのメディアで取り上げられているが、原発推進の行政側にはまともに検討する姿勢はない。

 はっきりしていることは多くの原発が造られた時期、つまり安全審査がされた時期とは地震学の常識が様変わりしていることである。この8月、大阪・熊取にある京大原子炉実験所で開かれた、原子力安全問題ゼミでの石橋克彦・神戸大教授の発言と資料「日本の原発は地震に安全か?」を要約すると、地震科学は1960年代の「地震の断層模型論」と地殻をつくる巨大岩盤の理論「プレートテクトニクス」登場によって面目を一新し、発生のメカニズムそのものが70年代に様変わりした。これに対して、78年策定の「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」は革新以前の古い地震学をもとにしている。

 端的な例を挙げると、島根原発ではマグニチュード6.5の地震しか想定されないのに安全だ宣言されている。付近に活断層が見つかったものの、長さが8キロしかないことが根拠である。ところが、昨年の鳥取県西部地震は見えている8キロの活断層でマグニチュードが7.2もあった。この地震で実際に動いた断層面は地表に見えない部分がはるかに長かったと考えられている。長さ何キロの活断層があるからマグニチュードがいくらまでと、地震学者は考えなくなっている。「断層など見えていなくても、日本全国マグニチュード6.5から7.0くらいの地震はどこで起きても不思議でない」というのが最近の常識だ。

 プレートテクトニクスの考え方もどんどん進化していく。東大地震研・地球テクトニクス・ダイナミクス研究グループの「プレート運動」から引用すると「1993年の段階ではフィリピン海プレート(PH),ユーラシアプレート(EU),太平洋プレート(PA),の三つのプレートの相対運動を地震のスリップベクトルおよびNUVEL-1のEU-PAを用いて決定していたが」「96年の段階では,北米プレート(NA),オホーツクプレート(OK)」「98年の段階ではアムールプレート(AM)をEUから分離し,六つのプレートの相対運動」を考えるようになった。

 数だけが問題ではない。巨大なプレートの下に潜り込んだ別のプレートの先端「スラブ」の挙動に関心が集まり、大地震を起こす可能性が検討されている。また、潜り込んだプレートはたっぷりと海水を含んでいて、抜け出た水が岩盤の滑りを誘発したり、火山活動にマグマを供給する源になるとする考え方が生まれている。日本列島の地下に対するイメージは大幅に変わりつつある。

 いろいろな史料を集めている「原発震災とは」と、一連の原発震災論を批判するサイト「G情報に異議あり」を代表として挙げておく。

 このところ、原発批判グループの議論の立て方に、推進側は粗っぽい点を見つけては批判する場面が目に付く。

 公平に見て、ふたつの点で疑問がある。まず、原発立地側が安全であるとしながら、その論拠にしている資料や計算過程をオープンにしていない。それが明らかでないから、批判側は点でしんない公開資料の間を論理でつないでいる。かつての「円卓会議」で批判側に単にしゃべらせただけではなく、推進側の論理、資料全てを堂々と公開したら、この国の批判グループにはもっと建設的な議論が可能だ。

 ふたつ目は、推進側そのものが原発事故事象の真剣な検討をしたことがない点に由来している。原発の多重防護という神話に近い言葉に安住して、起きうる事象を全て洗い出すという科学者、工学者の義務を怠っている。考えもしなかったことだから粗っぽく見える。それでは論理が転倒している。

 JCO臨界事故で明らかになった裏マニュアルのような、拙劣なマニュアルが問題なのではない。ごく普通と考えられている実用マニュアルが、何の検証意識もなく無批判に使われ、事態の進展に合わせて一部を変更しなければならなくなったら、「さあ、どうしよう」と困る。そんな油断の蔓延を原子力にもみる。この連載第76回「臨界事故と揺らぐ原子力技術」で最後に指摘した、TQCだけやっていても解決できない困難が存在することは理解されていないようだ。

 冒頭に取り上げた「不作為の過失」が認定されるようになると、遠い昔の安全審査当時に違法だったかにポイントがあった、過去の原発裁判への対応ではすまなくなるのだが……。


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