時評「東電原発異常隠しとマイナスイオン」 (2002/09/02)

 東京電力の原子力発電所で多数の異常隠し、報告書への虚偽記載があったとのニュースに、あり得るとは思いつつ、工学的なナンセンスさ、愚かしさに正直なところ愕然とした。折しも雪印食品や日本ハムをはじめとした食品業界の不正、表示改竄(かいざん)などが多発していて、企業倫理の欠如という観点で考えがちかもしれない。しかし、本質的なところが、そんな心の問題にあるとは思わない。我々が曲がりなりにもつくってきたと思った「科学技術立国・日本」は実体を失い、既に幻と化したのではないか。日本を代表する企業がマイナスイオンなる非科学的な商品を堂々と売り出し、マスコミがためらいもなく取り上げる世情と表裏一体である。理工系大学出身者が自分の頭を使って仕事をしない、いや世の中をだますために知識を使う――歯止めを掛けるべきは誰なのか。


◆機械系の故障発生データに手を加えた愚

 東電異常隠しについての詳しい報告は9月中に出されるとされているが、断片的な報道からいろいろなことが判明しつつある。内部告発者は検査を請け負った米GE子会社「ゼネラル・エレクトリック・インターナショナル」の技術者であり、「6カ所あった『ひび』が3カ所しか記載されていない」などと具体的に訴えたという。2000年7月当初は告発者を守るために経済産業省原子力安全・保安院(当時・通産省)は情報を明らかにせずに東電に探りを入れていたが、2000年12月になって不正を指摘した。

 そこで東電の社内調査が始まったが、「資料がないから」と1年半にわたり進展はなかった。内部告発者がGEを退社し、原子力安全・保安院がGEに問い合わせられるようになってから事態が進み始めた。GE保管のデータと通産への報告を付き合わせると、原子炉内の重要機器で29件の疑惑が判明した。

 話の筋はこんなところだが、私を驚かせたのは、このいきさつではない。修理や取り替えに相当な手間がかかる重要な機器の故障発生データを、東電の言い分を信じれば保管していなかった事実だ。公的報告書と違いのあるデータを社内の残すのは危険ではある。しかし、原発を運転、維持管理していくには絶対に必要なデータなのだ。心ある技術者なら「二重帳簿」にしてでも残すだろう。経営の観点からもこれが虚偽では困る。

 逆に、故障発生データはしばしばグラフにして検討するものだ。虚偽記載が一時期に止まるなら、その不自然さはやがて目に付く。虚偽記載があった時期は、ソ連チェルノブイリ原発事故の翌年1987年から1995年にかけてという。原子力に逆風が吹いた時期にあたるが、現在まで続いている恐れが十分ある。突然、虚偽記載を止めればグラフに現れてしまうからだ。東電の場合、福島と新潟に多くの原発を展開しているから故障発生の地域差も困る。うまく目をくらませるには本社関与の調整が要る。

 一方「放置しても安全」と担当者が勝手に判断して記載しなかったとの報道も出ている。原子力安全・保安院は「独善的な判断は、原子力の安全文化の衰退につながる」と問題視しているという。しかし、発表された「原子力発電所における事業者の自主点検作業記録に係る不正等に関する調査について」を見て、原子力安全・保安院も「東電の担当者」とさして変わらぬレベルだと知った。

 進行が予想される亀裂長さが、許容亀裂長さの半分程度に収まるから「直ちに原子炉の安全に影響を与えるものではないことを確認した」のだそうだ。原子炉に未修理箇所がありながら運転していることを届け出ず、こそこそ計算した東電とGEの安全解析結果を受け売りしているだけではないか。通常事態を想定して計算するだけで十分か――まず疑問がある。原発での事故事象の進展すべては現時点では把握し切れていない。だから、大地震に運転ミスと異常事態が重なるような状況でも何とかしのげると思えるように、十二分の安全率を持つべきが、現在の商業用原子炉であり、何年も未修理で運転している箇所があるなら直ちに運転を止めて現状を確認するのが技術の王道である。

 9月2日になって結局、地元や世論からの不安指摘に押されて、疑惑の全原発は近く停止して調べることになった。東電とGEの計算を突き返せていたら、発足して間もない原子力安全・保安院は国民に「従来とはひと味違う」と思わせられたのに、チャンスを逸した。ここにも知恵の働く人はいないらしい。


◆詐術や非科学に傾く企業・技術者

 狂牛病(BSE)対策における国産牛肉買い上げに、賞味期限切れ肉や売れない外国産肉を混入させて詐欺を図った食肉など流通業界に対して、世間は「困った業界だ」と白い目を向けている。では、日本の技術を代表する電機産業などは本当に健全なのか。

 あるインターネット・ショップの「マイナスイオン家電特集」を見ていただこう。中小メーカーよりも日立、東芝、松下、シャープなど代表的な企業がずらりと並んでいる。

 このマイナスイオン、様々なマスメディアに非常にしばしば登場するようになった。新聞でも雑誌でもテレビでも、気が付ければ語られているありさま。何かの効能があって商品を売る場合、その物質の本体は何なのか、それがあることでどんな効果があるのか、しっかりした研究で因果関係をきちんと説明できなければ、マニアックな口コミならともかくも、公然と世間には登場できない――そんな暗黙の了解が消し飛んでしまった。話題になって売れればよい。日本を代表する企業まで詐術の世界に陥ってしまった。

 マイナスイオンという概念自体が、正統的な科学教育を受けてきた人間には理解できないものだ。具体的にどんな説明があるのか。「マイナスイオン速清快」と命名した空気清浄機を売っている東芝に代表になってもらおう。「森林の中や滝の近くにいると気分が落ち着くのは、大自然の空気がマイナスイオンをふんだんに含んでいるからです。しかし、都会の汚れた空気の中にはマイナスイオンが少なく、逆にプラスイオンが多くなっています」と説明し、「本体前方2m離れたところで、5,000〜10,000個/ccのマイナスイオンを発生」させるという。

 説明はそれだけだ。異次元世界のようなの説明を不審に思わない人が相当数いるようになったことだけでも、もう「科学技術立国」は返上した方がよいと思うのに、メディアの目まで死んでいた。毎日新聞の科学ニュースに「『体にいい』マイナスイオン リラックスし、効率アップ−−解明どこまで 」が、この6月に出た。インターネット上でもご覧になれるが、この記事は普通のアカデミックな研究の紹介記事と全く同列に並んでいて、実にそれらしい、きれい事の記事に仕上がっている。

 マイナスイオンを推進しようとしている人たちは、今年2月になって日本機能性イオン協会を組織した。そのトップページの「協会の設立背景、設立に至った経緯」がずっと率直に実情を語っている。「個人的には、数年前からイオンの発生量の測定依頼が多くなり、忙しい中困惑していました」「企業からの情報によると、イオン発生製品からの発生量の信頼性がなく、企業間で混乱を招いている様子でした」

 私は測定器の現物にあたっていないが、聞く限りでは何を測定しているのかあいまいなままであり、これで再現性がある測定が可能なはずはない。ましてそれを使って生理学的、心理学的な実験が出来るはずもない。物理量がきれいに分かっていても、生物系に持ち込むと実験結果の判断が容易でなくなるのが研究の成果の常識である。

 朝日新聞週末版の「be-Report」として最近出た「マイナスイオンおまえは何者?万能物質か健康迷信か」は、この問題への突破口を、「市民のための環境学ガイド」で科学的迷信とみて再三取り上げている安井至・東大生産技術研教授に取材する形で切り開いた。業界や生協連の動きまでまとめている。今の時期に現れたのがわずかな救いかもしれない。

 このレポートはマイナスイオンは一時のブームなのかと問うが、私は今後にもっともっと深いところで影響を及ぼすと思う。迷信に類するものでも声が少し大きくなると世間の前面に出られる――その実績は必ず第二、第三の非科学的迷信の浮上を誘おう。身近なところでも健康食品情報などに候補は山積みだ。子どもの理科離れが危機感を持って言われるようになって久しい。一般の人が理科の知識に疎くなり、理工系出身者がなりふり構わぬ詐術に走る――その先に何があるかは容易に見えよう。



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