第133回「新型肺炎SARSをウオッチする」

 世界保健機関(WHO)が3月12日に「ハノイ・香港等における病院内での原因不明の重症呼吸器疾患の集団発生」の緊急情報を発表、4月2日に香港・広東省への渡航延期勧告をして3週間なのに、新型肺炎の重症急性呼吸器症候群(SARS)は、世界規模の広がりを見せている。新型のコロナウイルスが原因と異例の早さで確認されたものの、ワクチンはもちろん出来ていないし、治療法も手探り状態である。国内への本格的な上陸も不可避と考えた方がよい。今のうちにネット上で得られる情報源を整え、頭の中を整理しておきたい。衛生から経済へ影響が広がり、海外からの来訪者が半減したシンガポール政府は「1000億円を超す被害」と言い出している。


◆どんな病気か・集団発生と感染経路

 政府の感染症情報センター「SARSの累積『可能性例』報告数」によれば、19日現在、世界27カ国で症例数3547、死者182人、回復者1749人である。死亡率は5%程度だが、高齢者では3割にもなり、死に至らないまでも人工呼吸器が長期間、外せなくなったケースが相当数ある。

 患者と疑うべき条件として当初に挙げられたのは、2002年11月以降の発生に加え、38度以上の急な発熱▼乾いた咳や呼吸困難などの呼吸器症状▼発症前10日以内に中国など汚染地域に旅行したか、患者と接触した――の3項目がそろうこと。しかし、潜伏期間がだんだん長くなり、最近では16日間もあるとの情報が流れていて流動的。症状面でも、香港の集団発生では下痢を伴うケースが多数を占めた。ウイルスの変異も懸念される。日本語の最新情報は同センターを注視して欲しい。

 確定診断するためにはウイルスを検出するのが一番である。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法を使って、原因ウイルスの特徴的な遺伝子断片を試験管内で大量増幅して検出する。現段階ではまだ完全でなく、見落としなど否定しきれないものの急速に改良されていて、後で取り上げる原因ウイルス早期確定と並ぶ「バイオの世紀」らしいトピックだ。詳しくはWHO報告「SARSの診断試験キットをWHOネットワーク成員へ提供」を見ていただきたい。

 相当に濃厚な接触をしないと感染しない類の病気と思われたのに、香港の高層マンション群「淘大花園(アモイガーデン)」(19棟)で起きた集団感染は専門家に強いショックを与えた。空気感染するのか、一時は騒然とした。17日になって「SARS院内感染の病院に通院していた男性の下水汚物が感染源。トイレ汚水管とつながる排水管から水蒸気に付着したウイルスが各部屋の浴室に広がり、浴室換気扇が拡散を助長」との見解が衛生当局から出された。排水管を共有する上下階に患者が集中していた。

 この見方が真実とすれば排水管途中にあるU字パイプなどに常時、水がたまる状態になっていれば感染拡大は防げる。もともと汚臭や虫の侵入を防ぐ仕組みとして作られている。浴室以外にも排水途中に水がたまる構造はあちこちにある。マンションの洗濯機置き場では、洗濯を4、5日しないでおくと水が蒸発して効果が無くなると言われたりするから身近な現象なのだ。各国で香港の事態が再現する恐れは多分にある。

 カナダでの集団発生は、カルト的な宗教団体による3月末の大きな集会が感染の機会になった可能性が高い。

 感染が主につばなどの飛沫によるものとなれば、マスク着用が役に立つ。ネット上にあるマスク専門ホームページの「ディスポーザブルマスク」によると、微粒子捕集に優れたN95マスクは既に入手困難。もっとも、このマスクはどこの紹介でも息苦しくて長時間の使用には不向きとされている。これに代わって長時間使用可能なのが防じんマスク。見ていただくと分かるが、原発事故でも発生したかのようで異様な感じがする。患者に会いに行ったりするのでなければ、ある程度の捕集性能は保証されるサージカルマスク(外科用マスク)が1枚数十円で手軽。が、これも品切れと書かれている銘柄があちこちあって驚く。


◆困難な治療・抗ウイルス薬に副作用

 抗生物質はウイルスには効果が無い。細胞を持たず、寄生先で増殖しては移動するからだ。風邪で抗生物質を服用するのは細菌を叩くためで、例えばインフルエンザウイルスには無力だ。それでも最近はエイズウイルス(HIV)対策がきっかけでウイルスに効く薬の開発が進み、「抗ウイルス薬」に紹介されているように種類が随分増えた。これだけのリストがあればどれかと期待され、ハンタウイルス肺症候群に有効だったリバビリンなどが今回は使われている。

 が、確実な治療法ではない。米国疾病対策センター(CDC)の「FAQ」は、リバビリンの薬効について、とても慎重だ。初期に実験室で行ったテストでは新型コロナウイルスの成長や細胞間の感染拡大を止められなかった。きちんと管理された薬効テストが実施されていないとも指摘している。

 現場では藁をも掴む思いでリバビリンやステロイド剤の投与が続いている。 そのリバビリンの重篤な副作用を、米国メーカーで最新の感染症対策を勉強し た経験者が開設した「SARS(重症急性呼吸器症候群)の情報源」「リバビリンと治療」が集めてくれている。

 ひとつは催奇性。「香港のサウス・チャイナ・モーニング・ポスト誌が日曜日に掲載した医者の警告ではSARSでリバビリン治療を受けた女性は、半年は妊娠してはいけない」。薬が効く仕組みが核酸合成阻害なのだから遺伝子に響き、男性の精子も傷つけかねない。また、脳出血などのリスクも報告されている。

 ボランティアで作られている上記ページが、公的なページが霞むほど情報量と問題意識が豊富で、周到なのにびっくりさせられる。

 もうひとつ、海外旅行に出られる方なら、外務省のSARS関連情報ページより見ておいた方がよいと思われたのが「日本海外ツアーオペレーター協会」である。各地の最新情報が幅広く手に入る。

 例えば香港国際空港では17日から「フライトアテンダント等を含む全搭乗者に、体温測定が行われ」「体温検査は耳で測定するもので、約2〜3秒で測定が可能」「万一、体温に異常が見られた際は、近くに併設された医療室にて検査が行われます」と現場での写真付きで紹介される。海外のホテルやレストランでどんな対策が採られているのか、生の情報がどんどん届く。


◆人獣共通感染症の闇・そして中国の汚染は

 いま最大の謎は、世界13施設が協力して割り出した新型コロナウイルスがどこからやって来たかである。香港大の研究チームはウイルス遺伝子配列の3割はウシやネズミのウイルスと似ていたことを根拠に、広東省の人が好んで食べるイタチ科の肉食獣クズリに狙いを定めて調べているという。

 実は、人と動物の共通感染症はそれほど珍しいものではない。日本獣医学会の連続講座「人獣感染症 山内一也先生」は、いわゆる狂牛病BSEを中心に142回を数える。その第100回「人獣共通感染症の制圧」でこう述べられている。

 「20世紀の前半は感染症の克服が期待されたバラ色の時代といえる。ところが当初、人類が制圧可能と考えた感染症は、1968年に突如発生したマールブルグ病を契機として新しい様相を示し始め、その後の30年間はエマージング感染症の時代となった」

 エマージングウイルスとは、新たに出現した未知の新興ウイルスを呼びならわす業界用語だ。

 「ラッサ熱、エボラ出血熱、ハンタウイルス肺症候群、ヘンドラウイルス感染、ニパウイルス感染など、新しい感染症の出現である。これらはほとんどが野生動物を宿主とする人獣共通感染症のウイルスである。絶え間なく発展する現代社会に、野生動物を住みかとするウイルスが招き入れられたのである」

 加えて今回、中国南部が発生地らしいこともインフルエンザの新型ウイルスが生まれる仕組みから考えて興味深い。薬辞苑「インフルエンザとは!」はこう解説する。

 「通常、鳥のウイルスは人間にうつりませんが、豚は人間、鳥両方のウイルスがうつります。その豚が鳥のインフルエンザウイルスに感染し、さらに同じ豚が人のインフルエンザウイルスに感染し、その豚の体内で人間と鳥のウイルスの遺伝子の一部が置き換わる(交雑といいます)と、人にも感染する新型が発生します。これが新型ウイルス発生のメカニズムです」

 「アヒル・豚・人間が一緒に暮らし、現在インフルエンザのルーツと考えられているのは、中国南部です。国際協力のもとで監視体制が敷かれています」

 中国政府は北京市の患者数公表を怠って国際的な批判を呼び、衛生相と北京市長を更迭する騒ぎになった。5月初旬の大型連休を取りやめ、人の移動で感染が広がることを防ぐ措置もとった。香港の例に見られるほど感染しやすいのなら、昨年11月以降の時間経過の中で公表数字の一桁上、万単位の患者が存在しても不思議でない。圧倒的低コストから中国を中心に回り始めている、世界規模の生産活動への影響、進出されている企業人・家族の身の処し方、とても難しい局面が目前に迫りつつある。

 なお、コロナウイルスの仲間は一般家庭にも犬や猫などのウイルスとして、たくさん転がっているものらしい。北里研究所の「ネコ伝染性腹膜炎」で紹介されているように健康な猫で10〜40%がコロナウイルスを持つ。