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第137回「食べ頃の妙を死後硬直の糸口で」 (2003/08/14)

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 会社の同僚と居酒屋で食事をしていたら「韓国で美味しかった焼き肉屋は、その朝、と殺した新鮮な肉が自慢だった」と報告があった。最近はやりの「当日朝」ブランドもの――朝絞め地鶏や朝採り卵、朝取りトマト・レタスと同じなのだという。ちょっと待ってよ、動物には死後硬直があるんだから、牛や豚なら死後硬直時間中に食べることにならないかい。例えば季節の魚カツオについて高知の漁師さんから「釣って半日は食べてもゴムを噛んでいるよう。それから丸一日が食べ頃で、後は急速に味が落ちる」と聞かされていた。死後硬直をキーワードにして食肉の食べ頃の妙・追求を試みた。


◆硬直現場は電子顕微鏡下の世界

 推理小説やサスペンスドラマがお好きな方なら、死後硬直は殺人事件でお馴染みの法医学用語だ。それだけに食事の話では無粋とも思うけど、今回は真夏の読み物ということで少しひんやりしていただこう。やっぱり人間から入らないと現実感が無いもの……。

 東北大医学祭資料のサイトに「法医学 〜死体現象について〜」がある。「死後2〜3時間経つと、はじめに顎の関節が動かしづらくなり、口を開けるのが難しくなります」。6〜8時間ほどで全身に硬直が回り、半日後には死体を壁に立て掛けられるほどになる。そして「硬直は、死後30時間くらいになると始まったところから解けはじめます」。この変化は温度に左右される。「気温が高い程硬直は早く始まり、早く緩解します。完全に全身が緩解するまで、夏ならば2〜3日」「冬ならば4〜7日かかります」

 では食肉について科学的な解説はないかと探していると、岡山大農学部に日本獣医畜産大畜産食品工学科肉学教室による連載「今さら聞けない肉の常識」が掲示されていた。60回に及ぶテーマは多彩ながら、今回は第7〜9回がポイ ント。

 死後硬直は筋肉で起きる変化であり、筋肉が多い男性は女性より硬直の度合いが強いことになる。「食肉となる筋肉は骨格筋で,これを電子顕微鏡でみると,筋原線維が2種類の線維,すなわちアクチンとよばれる細い線維とミオシンとよばれる太い線維からできていて,実に規則正しく配列している」。アクチンはミオシンの間に入り込んで収縮時には、きゅっと引っ張る。弛緩時には離す。

 収縮・弛緩反応の引き金になるのがカルシウムイオンの登場であり、縮んだ仕掛けを緩めるエネルギー源がATP(アデノシントライフォスフェート)である。生体が死んでしばらくするとATPの補給はなくなり、逆にカルシウムイオンが貯蔵器官から流出、筋細胞にあふれて収縮一辺倒になる。つまり、死後硬直が始まる。

 この時、肉はこうなるそうだ。「死後硬直時の筋肉は,すべてのミオシンがアクチンと結合した硬直複合体を形成しているため非常に硬くなります。その上硬直時の筋肉はpHが最も酸性になっていて保水性が悪いため食肉としては不適当な状態にあります。煮ても焼いても食えないとはこういう状態の肉の表現にぴったりではないでしょうか」

 しかし、いつまでも硬いままではいられない。やがて組織の小片化や脆弱化が起きて食用に適した軟らかさになる。いわゆる「熟成」であり、腐敗とは別の化学変化と捉えた方が良い。「熟成に要する時間は,死後硬直に至るまでの時間と同様に,諸々の要因の影響を受けます。5℃に貯蔵した場合,牛肉では8〜10日,豚肉では4〜6日,鶏肉では1/2〜1日となります」

 ここに至って、朝絞め地鶏が食べ頃なのは納得できた。冒頭の焼き肉はどうだろう。死後硬直に入る前に食べる可能性が残されているものの「食肉店店頭の肉は,包丁で切ることも,スライサーでスライスすることもできますが,と畜後しばらくの間は,一定の形,大きさに揃えて切ることは非常に困難です」と解説されているように、全くありそうにない。筋肉質でない内臓、いわゆるホルモンは新鮮なほど美味しいことが知られているから、その説明と混同したと考えるしかないだろう。


◆活魚ブームと生き絞め・生け絞め

 実は殺し方・絞め方によって死後硬直に差が生まれ、食肉としての商品価値に響く。「ブロイラーの肉質に影響を及ぼす処理要因」に鶏について過去の研究がまとめられている。20年ほど前の実験が「電気ショックによって失神させた鶏の胸肉の方が、失神させないで屠殺した鶏のものより、屠殺後24時間の剪断強度が約30%少なく、軟らかい肉であったこと」「死後硬直の開始が遅れたことを示した」。その後、失神のさせ方もアルゴン混合ガスを使うなど、よりソフトな方向に工夫が進んでいる。

 こう紹介したのも、魚好きな日本人にとって魚の「絞め方」が大きな問題になっているからだ。生で食べることが多いからこそ、鶏以上に神経質にならざるを得ないデリケートさがそこにある。

 第一田之浦吹上漁協の児玉勝孝組合長による講演集「瀬戸内下津井 魚のはなし」に「魚のはなし16 魚の食べごろ」がある。活魚と鮮魚の二つの呼称について「活魚は生きているものを含めて死後硬直までの魚をいい、鮮魚は死後硬直から柔らかくなって腐るまでを言います」とのこと。死後硬直に関係し分解された「ATPはやがてイノシン酸といううまみ成分(カッオ節のうまみ)になります。死後硬直ののち細胞中の酵素の働きでたんばく質が分解されると自己消化(熟成)が進み、柔らかくなってくる一方でアミノ酸やペプチドなどのうまみが生まれて来ます。このころうまみ成分が一番多くなる」と述べる。

 かつての活魚ブームの目新しさは薄れ、活魚で食べることが当たり前のようになった。しかし、この歯ごたえ満点の時期には、実は旨み成分は十分ではない。時を待てば旨み成分は増すが、失われる歯ごたえとの得失関係で、どこで折り合いを付けるかが料理店ごと、板場の判断になる。

 そしてさらに、魚に特有の「生き絞め」あるいは「生け絞め」と呼ぶ技術が登場する。俗に「鯖の生き腐れ」とも言われようにサバは鮮度が落ちやすい。ところが、大分・佐賀関の関サバや土佐の清水サバといった有名ブランド化したサバは、手間暇かけてもペイするため、収穫してから数日は生け簀で飼って魚の興奮をさまし、生け絞めにして出荷するのが常識になっている。死後硬直時期が延長されるからだ。

 生け絞めの方法について、カツオで詳述しているページを見つけた。コナトローリングの「魚場から自宅まで、カツオを生きたまま持ち帰る方法(2)」である。要点を言えば頸部動脈から脊椎を一気に切断し、腐って生臭くなる血も抜いてしまう。さらに冷やして毛細血管まで収縮させたら完璧だ。「こうして6時間位で自宅に帰ってもカツオは生きたままの状態で、まな板上にのせて包丁を入れますとカツオの身の一部がピクピクと動いているので筋肉がまだ生きているのがよくわかります」ということになる。

 魚について死後硬直を延長するばかりではなく、積極的に起こす手法も我々には馴染みである。「洗い」がそうだ。

 備後日記の「活け魚をいただこう!」は前述と違い、活け魚を死後硬直を起こしていない状態と定義していて「活きた魚では”洗い”を作ることが出来ます。”洗い”とは身が活きたお刺身を一気に氷水で冷やして死後硬直の状態にすることです」「活きた身を一気に氷で絞めることで、瞬間的に身が締まりコリっとした歯触りが生まれます」と指摘する。

 練り製品を作る際に塩を入れ魚肉を混ぜ合わせるのは、アクチンとミオシンを結合させるためだから、ここにも関連がある。

 このほか、魚を絞める前に生存できる限界まで水温を下げて、鮮度維持時間を3倍に延ばす「魚介類の鮮度維持についての研究」のような仕事もネットに現れている。生体にストレスを与えない配慮であり、鶏のガス失神法と一脈通じるものがある。周辺に広がっているバリエーションを見ると、食べ頃と死後硬直との関わりは面白いほど広く、深い。



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