団藤保晴の
「インターネットで読み解く!」

第138回「イヤホンで知る危機ものづくり日本」 (2003/09/21)

 この10年間、私の音楽鑑賞で主役だったのは、5千円くらいで買ったアイワのイヤホンHP-D8だった。その旧型機も気に入っており会社に置いたり持ち歩いていた。この初夏、旧型機のコードが朽ちて切れ、材質が同じHP-D8もやがて諦めねばなるまいと悟った。当然、アイワに代替品を求めたが、そこには音楽を聴ける製品は無かった。数ヶ月、色々な製品を聞き歩いて、ようやく次の主役になれそうな独ゼンハイザー社製MX500に出会った。10年前の品質を維持できない経過と私の選択に「ものづくり日本」の危機が浮き出ていると思う。なお、数万円出せばヘッドフォンタイプにもっと高音質の製品が存在しており、ここでの話は実売価格が数千円のイヤホンに限っている点をお断りしておく。


◆技術レベルの維持には何が必要

 イヤホンと呼ぶとラジオの付属品のように聞こえる。ソニー・ウォークマンで若者に広まった、耳に差し込むタイプのヘッドホン、インナーイヤー型のことだ。スタックス社のコンデンサー型ヘッドホンなども持っているが、大汗っかきの私には耳を覆わない点がとても快適だ。昔、アイワの製品に決める際にも随分いくつも聞き比べた。HP-D8は旧製品の時代からタコの吸盤状をしたゴムとスポンジで耳と密着させる構造なので、接着剤を含浸させる細工をすると低音の特性を微妙に変えられた。硬質な振動板で最高音域まで伸びて実にフラット、繊細、緻密。記憶では当時のアイワにヘッドホン作りの名人がいらした。

 アイワ社がAV不況のここ数年、経営に苦労したのは承知している。ついには最近、ブランドだけ残して親会社のソニーが吸収するに至っている。今年、買ってみた製品は磁石やコードの材質などは昔ながらに吟味されていても「中国製」の表示。設計は国内と思われるが、音域バランスは低音をむやみに持ち上げ、高音の伸びも消えて、かっての名人芸は伝えられていなかった。

 他の国内メーカーの主な製品も聴いてみた。結論を言えば、ソニーなど音域のバランスでは良好な製品もあったが、音楽のボディ、演奏者のハートを伝えて来ない。何となく音がきれいなだけの製品が多い。昔の聞き比べ時より全体にレベルが落ちていると思えた。そんな折、パソコンショップで定価4100円の半額以下、2000円の値が付いているゼンハイザーのMX500をたまたま見つけた。 以前に噂を聞いたことがあるものの、最近の店頭にはなかった。

 国内勢が変化に富んだ曲面を多用してデザインが凝っているのに比べ、MX500は武骨とも言える素っ気なさだ。プラグも、国内勢は金メッキが当たり前なのに、銀色のまま。いま1カ月余り使いエージングが仕上がるころ、私が聴く広範囲の音楽に柔軟に追従する点に驚いている。1回目はたいてい首を傾げる出来なのだが、2回目でHP-D8を思わせる緻密な表現に変身する。ただ最高音域のシズル感はまだ足りない。こう言って分かってもらえるか自信がないが、女性ボーカルで声帯の粘膜が光っている感じも、まだ薄い。

 技術は人についている――確かにそうなのだが、一度達成した技術水準を易々と失っていては一国の文化レベルにも響く。「ものづくりインタビュー『人間にとってもいい』ものづくり 三井石根氏」で、NASAエイムス研究所上級研究員の三井さんは次のように指摘する。

 「判断できるトップがいないということで、スペシャリストがきちんと評価される仕組みがない」「対策をたてる時、アメリカではまずシステムを構築するが、日本はまず人づくりをしようとします。そのためどうしても個人依存になってしまわざるを得ません」「ものづくりでも同じで、師弟関係は人に依存しすぎていて、人がいなくなったり後継者が見つからないと、そのノウハウが失われてしまうことになります。もっとシステムで補う必要があるのではないでしょうか」

 長いAV不況の中で、かつての日本が誇った色々な音響技術が失われたのではないか。それどころか、全産業で続いた大規模なリストラで、物作り技術のノウハウが櫛の歯が抜け落ちるように欠けていったと見て良かろう。イヤホンはその一断面に過ぎまい。そして、そこには企業だけの問題でない面もある。


◆消費者側も変化していないか

 例えば音質へのこだわりが消費する側で薄らいでいるのではないかと、前々から感じるところがあった。今度、同じ数千円クラスのイヤホンをいくつも比較して、現在、消費の主体である若い世代は、そんなに音にこだわっていないとの思いを強くした。

 現在、日本のものづくりで世界と差を付けている一番手はデジタルカメラだろう。かつてビデオデッキVTRの主要部品が国内でしか生産できないことを梃子(てこ)に事実上の独占を続けたように、世界需要をほぼ賄っている。(VTRなどの経緯は私の連載第96回「DVDとEMS台頭にみる物作り王国変貌」などを見ていただきたい)

 携帯電話そのものは決して国内勢優位ではないが、デジカメを搭載することで海外でも売れ始めている。私もカメラ付き、しかもムービー撮影可能なケータイを手にしている。友人のケータイにも触り、このサイズまで小型化し、この価格でよくここまでと思う一方、練り込みの足りなさ、コンテンツの幼さ、ちゃらちゃらした感じに、マニアックとも言えた物作り志向の変質を感じた。これまで高機能・高品質を求め、お金を惜しまぬ消費者側の、良い意味でのオタク性と相まって、欧米では発展しえない製品を生み出し続けてきた。この仕掛けは長く続かないかもしれない。どうやら消費者も変わったのだ。

 政策の流れを見よう。小渕内閣時代の「第1回ものづくり懇談会議事概要」にこうある。「国内では若い技術者も居なくなっている。先日、シンガポールの工場を見学したが、そこではプラスチックの金型を作っていた。日本では、手で最後の感触を確認しなければならないような精緻な金型を作れる人は60代の人のみであり若い人にはおらず、シンガポールの人に頼むしかないんだそうである」「85年を境に元気な中小企業は居なくなった。40代より下の世代において、まともな技能工は育っていない。工業高校の位置付けが低い。偏差値でも下の方であるし、卒業しても製造業に就職するのは2割位である」

 この論議の延長だろうか。今年度の「ものづくり白書」概要は「第3節ものづくり労働者の育成のための環境整備」で「ものづくり若年者の育成」をうたい、工業高校や地域でのものづくり人材の育成を言う。大学改革・国立大学法人化も同じ流れに位置づけられ「高等専門学校や大学の理工系学部などにおいて、科学技術の高度化や産業構造の変化など社会のニーズにも対応しつつ、創造的な理工系人材の育成に向けた教育実践的なものづくり教育を実施」するそうだ。

 結局のところ「昔のように戻りたい」との発想でしかないと見受ける。しかし、ゲームソフト開発でなら世界に通用しているように、若い世代は3次元の物体を扱うより、2次元空間、あるいはバーチャルな空間の方が得手らしい。最近改めて認識し直す機会があった。この夏、ヒットした映画「マトリックスリローデッド」には、最初にヒットした「マトリックス」と間をつなぐ九つのエピソードからなるアニメ作品「アニマトリックス」がある。ウォシャウスキー兄弟らが日本のアニメ・クリエーター達を起用している。アイデアをぶつけ合い、原作のイメージから膨らませて創作し、人類と機械(ロボット)の「未来史」などが語られる。 http://www.intothematrix.com/で一部の作品は視聴できる。DVDなどで全編を見てもらうと才気と完成度に驚かれるだろう。

 油にまみれる仕事の大事さを説くのも結構だが、現実に国内で決定的に人が足りない分野はソフトウエア開発である。今後も深刻さは増すばかりだ。私の新聞社の例では、組み版機のソフト改善を注文する会議で、請け負うソフト会社の背後にインド人の技術者グループが陣取ったもの。ソフト会社担当者は出された注文の詳細をインド人側に説明して、見積もりを聞き出し、元のテーブルに戻って答えるという有り様。

 国内の大学がソフトウエア技術者の養成で、国際レベルから完全に取り残された結果だ。いま若い世代に油まみれを押しつけるより、教育方法を根本的に改めてソフトウエアに向ける方がはるかに現実的ではないか。油まみれを含め理工系の職業には、銀行・商社などに比べ遙かに低い報酬しか与えて来なかった日本の現状をそのままにして、若い世代に納得してもらえるはずもない。もちろん、現在の大学でされているソフトウエア教育はお話にならない。何を育てるのか、教官自身が分かっていない。

 第116回「半導体技術に頂点が見えた今」の3節目に関係する問題意識を書いた。一部を再掲する。中学「情報基礎」の悪しき発展形が、高校「情報」になってしまった。文部科学省の頭には中学「情報基礎」が失敗であるとの認識は無いのだろう。この間にインターネットが登場していることすら小さなエピソードに過ぎず、眼中にないかのよう――これだから昔に戻る発想しか出来ない。



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