第139回「イスラム、自爆テロそして自衛隊」

 小泉内閣が掲げていた自衛隊のイラク年内派遣が揺らいでいる。派遣予定地サマワに近いナーシリヤで11月12日に起きた、イタリア警察軍部隊への自爆攻撃で30人近くが死亡したためだ。悪いタイミングで来日したラムズフェルド米国防長官に対して、さすがに年内派遣を口にすることは出来なかった。現地で自衛隊員に多数の犠牲が出れば、内閣の基盤が弱体化し日米同盟そのものにまで響く可能性すら出てきた。次々と押し寄せるニュースに流されるままにせず、イスラム世界とその在りようについて、立ち止まって考えておきたい。


◆三つの宗教は対立していなかった

 イスラムについて、理系だった私は板垣雄三さんの一般教養ゼミで学んだ。今、ネット上では実に大量の知識が得られる。中でも同志社大学では神学部・小原克博On-Lineの「インターネット授業」から、このテーマと関係が深い講義、宗教学8-501「宗教と平和−紛争・抑圧を克服する道を求めて−」が選べる。普段の授業が公開されており、毎回90分がビデオで視聴できる。「イスラムと聖戦」「イスラームの世界−その多元性と多様性−」などを、ご覧になるとよい。文献にあたって読みほぐすより、少し時間はかかるが頭に入りやすいだろう。

 まずイスラム教は西側世界とは非常に異質な存在と思われがちだ。そうだろうか。ユダヤ教、キリスト教とイスラム教との関係について、この授業での岡真理さん(京大)の説明を書き留めるとこうなる。

 多神教世界の古代で最初に、万能の唯一神を掲げた一神教として現れたのがユダヤ教だった。ユダヤ人は間違ってそれをユダヤの民だけの神とした。2000年前に登場したキリストは、その誤りを打ち破って一神教を世界宗教とした。だが、キリスト教は預言者キリストを唯一神と混同、同一視する誤りを犯した。そのため神は7世紀になって再び預言者ムハンマドを地上に使わし、コーランによって本当の神の声を伝えた。従って、ユダヤ教徒もキリスト教徒も同じ神の啓示「啓典の書」を持つ民であり、イスラムに改宗する必要はない。

 実際に、イスラム教徒はイスラム教を「アブラハムの宗教」と考えており、このアブラハムとは旧約聖書に現れるユダヤ人の始祖のことである。

 エルサレムにはこの3宗教の聖地が隣り合っている。いまそこが火種になっているが、歴史的には千年以上もの間、エルサレムで3宗教は共存共栄してきたのであり、それが可能だったのは上述の理解ゆえだった。十字軍による「聖地奪還」はイスラム側からすると、大きなお門違いだったのだ。

 一橋大社会学部の「中東・中央アジアの社会と文化」1999年シラバス「聖典『コーラン』の思想(ウンマとは何か)」には、六信五行と呼ぶイスラム教徒の義務に続いて、アダムから始まって地上に神の国を実現しようとするイスラム共同体「ウンマ」への系譜が書かれている。このウンマが外敵の脅威にさらされた時、防衛ジハード「聖戦」が生まれる。それは成人男性の義務とされ、殉教者は最後の審判を受けることなく天国へ導かれるとコーランは記す。

 イラク戦争とその後の出来事を眺めていると、政治的にも軍事的にも八方塞がりであったフセイン大統領は、ジハードによる戦いに持ち込むために、敢えて早々に敗れたのではないか――との懸念がある。フセインが同郷者で固めた精鋭中の精鋭部隊「特別共和国親衛隊」は「約12,000人と見積もられ、装甲、防空及び砲兵部隊を有するという。これらは、14個大隊から成り、見たところ、各2,500人までの4個特別共和国親衛隊旅団に組織されたという」。これらバグダッドの守備に就いていたイラク軍精鋭は米英軍と一度も全力で対決することなく、膨大な武器を抱えたまま霧散した。輸送機やヘリを撃ち落とせるロケット砲も多数が消えた。


◆世界中がホロコーストと化す

 国際ニュース解説・田中宇さんの「罠にはまったアメリカ 」は、イラク政府がゲリラやテロリストがよく使う「即席爆弾」をつくる技術を諜報部員たちに組織的に学ばせていた事実を取り上げている。「フセイン政権は、米軍が攻めてきたら諜報機関が即席爆弾を作り、政権支持者を地下で組織してゲリラ戦をさせ、米軍に対抗しようと前々から考えていた可能性が大きい」と、戦争は終わっておらず、非正規ゲリラ戦に移行しただけではないかとみる。

 TBSの15日のニュースは、イラクから戻った米国軍事専門家の意見として「南部はバグダッドより平穏だが、自衛隊への攻撃は不可避」と伝えた。CSIS戦略国際問題研究所のアンソニー・コーデスマン氏であり、同研究所のウェブで執筆した”The Current Military Situation in Iraq”が公開されている。そこではバグダッド占領当局からの聞き取りとして、抵抗勢力の95%は旧体制に忠実なイラク人で構成されているとする。

 9日のサウジアラビアの首都リヤドでの爆発に続いて、15日にはトルコ・イスタンブールでユダヤ教礼拝所(シナゴーグ)2カ所で爆発があった。死者が何十人と出た。「ハシムの世界史への旅」で提供されている年表「イスラム過激派関連事項とテロ事件の歴史」を見ても、長期レンジでのテロの拡散・拡大傾向を感じる。

 そして、思い浮かべるのが、イラク戦争が始まる前にネルソン・マンデラ南アフリカ前大統領が「世界をホロコースト化しようとしている」とブッシュ大統領を痛烈に批判した言葉だ。憎悪の拡大再生産でしかない米国の行動を止められず、最も深刻な危機の震源地パレスチナに希望が全く見えない今、マンデラ氏の予言は本当になってしまいそうである。

 派遣された自衛隊がいかに人道的な支援活動をしても、日本が米国と一緒になって行動している事実は変えられない。「人道的」で免罪されるならバグダッドで国際赤十字が襲われることなどあり得ない。自民党と連立する公明党の「デイリーニュース〜解説ワイド/イラク復興支援と公明党」(10/23)を読んで、政権を担い派遣を決定する政党が本質を理解していない点に驚かされた。

 「イラク南部のバスラで英軍とともに活動しているデンマーク軍の司令官から『担当地域はデンマークと同じ広さだが、この地域の犯罪発生率はデンマークと変わらない』との話を聞いています」――ジハードは無頼の徒がすることではない。犯罪ではなく、イスラムの正義なのだ。イラク戦争を仕掛け占領してしまった米国の大戦略の誤りで、派遣自衛隊はイスラムの友としてでなく、敵として土俵に上がるしかない。