医療制度改革試案とメディアの虚栄 [ブログ時評37]

 厚生労働省が発表した医療制度構造改革試案と、対する在京マスメディアの報道ぶりに「党首討論と医療改革 大手新聞の異常」(メディアの海)から「医療改革の社説にも驚きを隠せない。厚生労働省が発表した、『医療制度構造改革試案』というものの前提にしている、医療制度の問題点を、そう簡単に認めてしまっていいのだろうか。最近の新聞は、『構造改革』という名が付くと、無批判に追随しているように思えてならない」と鋭い指摘が出されている。社説を書いている論説委員は官庁取材の現場も知ったベテランだし、試案発表の記事を書いている記者は厚生労働省クラブを担当している以上、意地でも「にわか専門家」になる必要がある。それが「試案を勉強した程度」の記事と社説しか書けない。官僚の掌の上にいる孫悟空である。大阪にいる私は、ここまで各社とも揃って駄目になったのかと呆れた。

 もうずっと昔から、医療制度改革について旧・厚生省が何か言い出すときには、言っていることよりも、語られていないことに問題が潜んでいると目を凝らすのが、この分野の仕事に関心を持つジャーナリストの常識である。在京マスメディアには論説委員を含めて、もう「人」はいなくなったのか。試案を説明する膨大な資料を読みほぐすだけでエネルギーを消耗したのか。それは言い訳にならない。例えば新聞なら購読料という多数の市民の支持・付託を受けて、権力を見張っているのが市民社会と暗黙に結んだ契約関係のはずだ。

 老人医療などについて短期的な制度の手直しがあるので、報道の多くはそちらに目を向けた。しかし、最大の問題は違う。試案では医療費削減を2015年度に2.6兆円、2025年度で7兆円も見込む。短期的方策で生まれる削減は2015年度なら6千億円でしかなく、残る2兆円は中長期の方策、つまり糖尿病、高血圧症、高脂血症等の生活習慣病対策と平均在院日数の短縮で生み出される。こちらこそ削減の本命なのだ。その実現可能性を問わないで、厚生労働省試案を報道したことにならない。

 旧・厚生省時代から続いていることで、どうして実現出来るのか、細かなパラメーターは発表されない。生活習慣病対策も「糖尿病等の患者・予備群の減少率・・・平成20(2008)年と比べて25%減少させる」とあり、「国保及び被用者保険の医療保険者に対し、40歳以上の被保険者及び被扶養者を対象とする、糖尿病等の予防に着目した健診及び保健指導の事業を計画的に行うことを義務づける」「国は、医療保険者による後期高齢者医療支援金(仮称)の負担額等について、政策目標の実施状況を踏まえた加算・減算の措置を講ずる」とする。平たく言って健康診断をして保健指導を強める、さらに都道府県単位で計画と目標を決めるので失敗すれば罰則を加える程度の話である。数千万人規模の糖尿病等の患者・予備群を25%も減らす根拠にならない。

 「厚生労働省に物申す!」(間庭シローの「かつまたメモ」)が「健保破綻の中、あたかも『予防』を重視して破綻を回避できるかのような試案であるが、全くの眉唾だ。8月中旬に公表された厚生労働省研究班(聖路加国際病院院長・福井班長)の報告はまだ記憶に新しい。それによれば、健康診断の診断項目の大半が科学的根拠に乏しいとされ、更にそれだけではなく、健康診断のマイナス面もその中で指摘されている。まるで『どこ吹く風』の知らん振りぶりには呆れかえってしまう」と憤慨している。健康診断に多くの問題があることは、医学医療を多少は専門的に取材した者の常識だ。(この研究報告は毎日新聞しか報道しなかった。読みたい方はこちら

 平均在院日数の短縮は「全国平均(36日)と最短の長野県(27日:計画策定時に固定)との差を半分に縮小する」目標になっている。これには笑ってしまった。旧・厚生省からもう20年も試みて成果が上がっていない懸案を、都道府県単位で責任を押し付けたら一挙に実現してしまうのか「参考資料」17ページのグラフ「人口10万対病床数と1人当たり老人医療費(入院)の相関」をご覧いただきたい。人口10万対病床数のトップは高知県で、老人医療費(入院)もトップクラスである。人口比のベッド数が増えるほど老人医療費が増える比例関係がある。ベッドが多いほど、病院が老人ホームのように使われやすくなっている。病床数が少ない南関東でこんな運用はあまり出来ない。私は高知県で20年ほど前に県政記者をしたのがきっかけで医療制度には関心を持ち続けている。旧・厚生省は地域医療計画を導入したりして病床数の増加は抑制したが、人口比で2倍以上にもなる病床数の不均衡には結局、手がつかなかった。ここから在院日数の地域差は生まれる。国の手を離れて都道府県に任せて実現してしまうのなら苦労はない。

 経団連は試案に先立って「2010年度医療給付費、4兆円の抑制を−政策目標として総額目標提言」を発表した。2025年度の潜在的国民負担率を50%程度に押さえるには、厚生労働省案の7兆円抑制では足りず、15兆円抑制が必要とする。「医療提供体制の改革では、ITを活用した診療データの蓄積・分析、公開を促進し、医療における透明性を高める必要がある。そのためには、情報の互換性が確保される形でカルテやレセプトの電子化を推進することが不可欠であり、医療機関・保険者・患者等が共有可能な『医療情報ネットワーク』を構築する」。手法はどうあれ闇の部分を根こそぎ明らかにしない限り、医療制度の改革はない。それは支払い側・健保連の「2.医療費の合理化と適正化を進める」にある「個々の診療行為の点数を合算して支払う『出来高払い』中心の支払い方式を、包括払い・定額払い方式に改める」とも合い通じている。

 実現するには、自民党の強固な支持基盤である日本医師会の抵抗を吹き飛ばさねばならない。いや、医師会の懐に手を突っ込んで掻き回すような作業が要る。ポスト小泉と言われる4氏には出来ない荒業だろう。比べれば郵政民営化などお笑いの次元である。