本物の投資家に至らず村上ファンド退場 [ブログ時評58]

 5月上旬、シンガポールへの村上ファンド本拠移転あたりから流れていた、東京地検の捜査着手が本物になった。6月5日午前、村上世彰代表は異例の記者会見でニッポン放送株のインサイダー取引を認めて謝罪し、地検は5日午後、取り調べに呼び、証券取引法違反容疑で逮捕した。インサイダー行為による利益は数十億円とも言われる。ファンドに出資していた年金資金などは違法行為を理由に一斉に資金引き揚げに出るとみられ、代表本人は業界を去り、ファンドを別名に変えても存続したい意向が実るかどうか、疑問がある。

 昨年10月に「村上ファンドを研究してみよう [ブログ時評35]」を書いた際には、無能力な阪神電鉄経営陣に対して何らかの新風を吹き込んでくれるのではないか、と期待する気持ちもあった。しかし、電鉄株を最終的に1300億円の資金投下で47%にまで買い増し、役員の過半をおさえる提案をしながら、これも結局は脅しの手段に過ぎず、阪神電鉄が持つ諸資源を活性化させる具体策は持ち合わせなかった。

 「アクティビスト(行動する投資家)」(なるなる&かねこっちの「未来予報3.0」)が指摘する通りだろう。「『安ければ買い、高ければ売る』これは投資家ではない。投機家がやることである。最近、各種メディアではこういった人々をアクティビスト(行動する投資家)と呼んでいる。全てのアクティビストがそうであるとは思わないけれど、大半が口先だけの行動である」「本当のキャピタリストであれば、経営・オペレーションのステアリングにまで言及して、明確な責任を持とうとするはずである。こういう人たちを、ハンズオン型キャピタリストと呼ぶが、本来こうあるべきだ」

 「ハンズオン型の投資家であれば、その会社の最適な組織体制やそこで従事する社員のモチベーションにまで、細かい配慮をしていくものである。それが、村上世彰氏には全くできていなかった。それだけである。決して成功体験が続いて、バランスを失ったわけではない」と、当初から各種メディアが持ち上げたことそれ自体がおかしいと判断する。

 「Deep KISS第82号『ダブルカウントA〜阪神×阪急』」(板倉雄一郎事務所)は阪神株取得では根本的な錯誤を犯していたと主張する。企業を買い取る場合の値付けをどうするかである。「事業価値か、または不動産価値か、『どちらか一方』だけ、投資家は価値としてカウントすべきなのです」。ところが、村上ファンドは「事業価値+不動産価値」のダブルカウントをしてしまったとみる。「事業を解散もしくは移転して継続する場合でなければ、その事業を営むために必要な不動産価値を、企業価値に上乗せして評価することは出来ないのです。また、移転を前提にしない場合、不動産の簿価と時価の違いも、何の意味も持ちません」

 事業を継続しながら、事業が依拠している不動産を切り売りしていくことなど非現実的なのだ。「ある意味、こうなって、社会にとっても、村上氏自身にとっても、良い結果だと思います。彼らの手法では、いずれ行き詰まり、リターンを出すことが出来なくなるでしょうから」「何も生み出さず、奪い取るだけの行為は、誰かに止めてもらえなければ、止まらなかったかもしれません。これで村上氏は、(ファンド出資者の)奴隷から解放されたということです」と、今回の逮捕が持つ意味を説く。

 阪神が持つ不動産の巨大含み益を担保にして関連事業を起こすのならともかく、何らかの方法で現金化することにしか関心が無いように感じられた。「アクティビスト」とは「ものを言う投資家」でもあるが、最後まで有益な「もの」は言われなかったようだ。