団藤保晴の
「インターネットで読み解く!」

臨界事故が沸騰水型は欠陥原発と証明 [ブログ時評77] (2007/3/21)

(「ブログ時評」に同文掲載。コメントなどはそちらに)

 北陸電力志賀原発1号機の1999年臨界事故発覚は、まず7年間の隠蔽事実そのもので原子力全体への大きな不信を生んでしまった。その後、東京電力など4原発で同じような複数本の制御棒同時脱落事故があったと公表され、一般的な不信感を問題にしている時ではなくなった。国内の原発を加圧水型と折半している沸騰水型炉が、フェールセーフの約束を無視した欠陥原発だったと判明してしまったのである。

 核分裂反応を一定の範囲にとどめることが原発の至上命題であり、反応を進める中性子を吸収する制御棒の出し入れが決定的な役割を果たす。この制御棒を、加圧水型炉は炉心の上から吊る方式であり、制御不能になっても最悪でも炉心に落ちてくれる。沸騰水型炉では炉心上部で蒸気が発生している事情から制御棒を炉心底部から上方向に挿入する。

 重力に逆らって重い制御棒を上に突っ込む点に沸騰水型炉の危険性があると指摘されたが、電力会社や国は「制御棒の落下には機械的な歯止め『ツメ』が付いており安全」と言ってきた。しかも制御棒は1本ずつしか動かさない仕組みなので「事故解析は制御棒1本の挿入失敗や脱落を検証すれば足りる」と裁判の場でも突っぱねてきた。ところが、志賀原発1号機で起きたのは3本もの同時脱落だったし、他の4原発でも2、3本の脱落だった。

 3月20日になって、これまで隠されていた機構上の秘密が表に出てきた。制御棒は水圧を使って動かしていて、弁の開閉を間違えると異常な水圧が発生することがあり、その場合はツメは強制的に外されてしまうのだった。これが安全装置かと問いたい。

 「謝りゃ良いというものでもなし 其の参」(旅限無)は驚き、こう指摘する。「『開閉する弁の順番を誤った』のは人間で、記事を読む限りではこうした人的ミスを想定した設計にはなっていない事になります。ならば、絶対にそんなミスをしない人間をその操作に当たらせねばなりませんが、それは人間を理解して居ない傲慢な態度でしょうなあ。どんなにメチャクチャな操作をしても、絶対安全に自動停止してくれないと困りますぞ!」

 各地の住民が起こしている裁判で弁操作について危険性指摘はあった。「志賀原発1号機のスクラム信号は『中性子束高高』」(東電不正事件と老朽原発)が報告している。「制御棒が引き抜かれ,スクラム信号が出ても制御棒が入らなかったのは、閉めてはならない弁(F101弁)を誤って閉めたからと言われていますが、今、静岡地裁で係争中の浜岡原発運転禁止請求事件でも、現場検証の際にこの弁が問題になりました。原告側はこの弁を閉めたらスクラムがかかっても制御棒が入らないこと、なのに弁には閉止禁止のふだがなかったことを確認しています」

 志賀原発1号機で起きた臨界事故がどれだけ危険な状況だったか。炉内中性子束のグラフを入手、公開しているブログがある。「これが志賀原発のモニターのコピーだ!〜手書きで『点検』と姑息な隠蔽工作!」(情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士)を見ると中性子量が激増して振り切れている。15分間に12回の警報音が中央制御室で鳴り響いた、恐るべき事態が想像できる。無事に収束できて幸運としか言いようがない。グラフには国の専門官に見せて問題にならないよう「点検」と書き込んで、実際に起きたことではなく機器点検中のエピソードのように誤魔化す工夫もされている。こうした記録は事故前後の部分だけ削除されて、北陸電力には残っておらず、職員が個人で持っていたという。

 事故隠蔽は発電所長が判断し、現場だけで行われたことになっている。伝えられている動機は、2号機の着工を間近に控えて影響を心配したという。それだけだろうか。ブログではさらに踏み込んだ考察がある。

 「志賀原発の制御棒脱落=臨界事故はもっとも危険なものだった」(薔薇、または陽だまりの猫)は経緯をまとめて訴訟対策だったとみる。「93年に運転開始した志賀原発は当初からトラブル続きですが、この前年の98年には復水器内部の防熱板が落下し、復水器細管を破損するという事故を起こしました」「市民団体は志賀原発の差し止めを求めて訴訟を起こしていて、この時は名古屋高裁金沢支部の判決が下された直後でもありました。98年9月の判決です」「裁判は最高裁に上告されており、臨界事故の時はまだ棄却決定はされていませんから、この事故が明らかになっていれば実質審理が再開され別の結果になった可能性だってありました」「この臨界事故は、裁判で原発の固有の危険性として主張している『制御棒挿入失敗は安全審査での想定を上回ることが起こりえる』『制御棒挿入失敗は人為ミスや操作ミスでもあり得る』『ECCSも機能しない可能性はある』という主張がそのまま実際に起きたものであり、1号機訴訟でも2号機訴訟でも原告側が主張していた内容に沿った事故であったわけです」

 経済産業省の原子力安全・保安院は国会で「誤操作によって制御棒の歯止めが外れ、引き抜かれた」と答弁し、構造上の問題ではないとの立場だが、この弁明は通らない。原子力で言われてきたフェールセーフの原則は、どこに行ってしまったのか、説明する義務がある。起きうる事故の想定も従来とは全く違ってしまうはずだ。安全審査の有効性が根底から覆ろうとしている。


※続いてブログ時評に「東電福島第一・7時間半もの臨界事故に驚く」を執筆。



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