第154回「世論の形成をブログの頻度から観察」

 国内のブログの数は2006年3月末で868万と総務省がまとめているが、以降の発表が遅れている。その前の半年間で1.8倍くらいの膨張だったから、増加するペースが鈍ったとしても、現在は1千数百万と思われる。1人でいくつも持っている人がいても、ブログを書いている人数、さらに読んでいる大衆の数は膨大だ。それが世論形成に響かぬはずはないと考えてきた。テクノラティ社のブログ検索が最近になって、過去180日までの期間で当該キーワードを書いたブログの頻度グラフを示すサービスを始めた。これを使うと世論の形成を観察できそうだと気付いた。素材は「ホワイトカラー・エグゼンプション=残業代ゼロ労働」と「東京都知事選」である。

 一定条件の会社員を労働時間規制から外して残業代をなくす「ホワイトカラー・エグゼンプション」導入法案の通常国会提出が見送られる事態になった。『残業代ゼロ労働』『残業代ゼロ法案』『残業代ゼロ制度』と呼ばれるようになったことが世論の動かし、政府・与党に提出を断念させた。正式断念は遅れたが、実質的に1月下旬には勝負が付いた。「残業代ゼロ」(該当記事4859件)をキーワードにしたのが以下のグラフだ。  大きなピークは法案提出断念が決まる大詰めあたりに形成されている。このころには「残業代ゼロ」だけで意味が通じるほどだった。グラフは12月初めに立ち上がる。そこでどんな議論がされていたのか。例えばGoogle社のブログ検索なら検索期間を指定できるので見に行くことが出来る。

 そこで議論の対象になっているのは朝日新聞の記事。「残業代ゼロ労働」(人と組織の勉強部屋)にこうある。「12月9日の朝日新聞の朝刊が、厚労省が提出した来年の労働法制見直しの最終報告案について紹介している」「それにしても、『ホワイトカラー・エグゼンプション』を『残業代ゼロ労働』と見出しをつけたのは、東スポも真っ青の名見出しだと思う。朝日新聞の格差社会批判には、常日頃からげんなりしている自分もこの命名には拍手を送りたい。契約が社会の中にDNAとして染み込んでいる米国と異なり、不払い残業が常態化している日本企業における『ホワイトカラー・エグゼンプション』の導入は、現段階では、労働者にとって極めて危ない法制度に思えるからだ」

 改めて「残業代ゼロ労働」をキーワードにしてテクノラティのグラフを見よう。実は、該当記事は236件しかない。  当時のブログが参照している朝日新聞記事(2006年12月9日付け朝刊1面)の見出しは「残業代ゼロ労働 年収水準は盛らず 厚労省最終案」だった。労働法制改革案に盛られた「ホワイトカラー・エグゼンプション」は長すぎて見出しにとれず、苦肉の策として採られた言い換えだった。この記事が「残業代ゼロ」(該当記事4859件)グラフの引き金を引いたことは明白だ。しかし、勢いは年越しとともに弱くなり、次に掲げる『残業代ゼロ法案』(該当記事1232件)などの言葉に引き継がれていく。  他の新聞やメディアがこの言葉を記事・見出しに採用していった結果でもあるし、ブログの世界でも触発しあいながら議論が成立していく。一連のグラフが示すものが世論形成の現場なのか、あるいはそれが反映された影なのか俄に判断が出来ない。

 ブログという回路で「ホワイトカラー・エグゼンプション」が「残業代ゼロ」との認識を得ていったことは事実であり、ブログ記事を書いた人、読んだ人を含めて世論の一部になったとするしかない。普段の活動として与党関係者は選挙区に戻っては聞き取りをし、自前の世論調査でも世間の風を感じている。その結果として、安倍首相も当初はホワイトカラー・エグゼンプション推進の言だったのに撤回してしまった。

 応用編として、今回の統一地方選・東京都知事選でのブログの動きを見たい。前宮城県知事の浅野史郎氏が現職の石原慎太郎氏に挑み、マスコミで話題にはなったが、281万票に対し169万票を得たに過ぎなかった。まず「石原慎太郎」と「浅野史郎」の両方を含むブログの頻度グラフ(該当4377件)を見よう。  正式出馬表明は3月6日。4月8日の投開票まで、ブログでも両者を中心に盛り上がったようにも見える。しかし、以下に「石原慎太郎」を含まない「浅野史郎」グラフ(該当4304件)と、「浅野史郎」を含まない「石原慎太郎」グラフ(該当15208件)を掲げて検討したい。  民主党からの誘いを固辞していたが2月28日に市民団体の動きを受け前向きな意向を示し、正式出馬表明した記者会見あたりまでが「浅野史郎」単独で話題になった時期だった。独自の問題点提出でも石原都政批判でも弱々しい印象があり、それ以降は石原氏との対比で語られる方が主になる。これに対して下のグラフのように、「石原慎太郎」単独で語るブログが圧倒に多く、拮抗する候補者と見られていなかったことがうかがえる。浅野氏擁立はマスコミが話題をつくっただけであり、大衆は実態を見抜いていた感じがする。

 以上、まだ初歩的な現象観察でしかないが、半年さかのぼってブログでの議論の動向を知り、ピンポイントである時点、何が語られていたのか見に行ける状態が生まれたのは素晴らしいことだ。

 参考までに「参院選」をキーワードにした頻度グラフ(該当21849件)を示す。昨年末から立ち上がり、夏の参院選の勝敗ラインが話題になるたびに相当大きなピークを記録していて、関心の高さが見える。2005年総選挙時には存在しなかったこのツールで、今回は同時並行、あるいは数カ月前からを振り返って民意のありようを探る試みをしたい。