患者公園置き去りに見る医療政策の貧困 [ブログ時評85]

 大阪府堺市の新金岡豊川総合病院の職員4人が糖尿病で全盲の男性患者(63)を退院させ前妻宅に連れて行ったものの引き取りを拒否され、大阪市西成区の公園に男性を荷物ごと放置する事件が9月に起きていた。西成署は保護責任者遺棄容疑で調べている。マイケル・ムーア監督の最新ドキュメンタリー映画「SICKO」(病気を意味する俗語)で医療費を払えない患者を平気で病院から放り出す米国医療事情が紹介されたばかりだ。日本でも現実になったことに唖然としてしまった。

 この患者は7年前から入院し、2年前からは医療費自己負担分を払わなかったので未収金は185万円になっていた。3年前から退院可能なのに動こうとせず、看護師や他の患者に迷惑をかけたり備品を壊したりしたので、6人部屋を1人で使わせる状態だった。最近になって前妻宅が自宅と判明、職員が前妻に連絡せずに退院手続きをとった。前妻に拒まれた後、公園に置き去りにしてから職員の1人が119番に匿名で通報していた。

 「大阪患者公園置き去り事件」(新小児科医のつぶやき)は医療関係者の視点でこう分析する。「生活保護の打ち切りは病院もすぐに分かりますし、打ち切られれば治療費の支払いに支障を来たしますから、打ち切られたことを患者に話し、再開申請の手続きを何故行なわなかったかです」「他施設への移転話もどの時期に行なわれたか分かりませんが、生活保護が打ち切られ、障害者年金も前妻が持ち逃げしている状態なら事実上不可能です。問題行動の多い患者を引き取る事さえ難色を示すでしょうし、自己負担分も出て来そうにないのならどこでもお断りでしょう」「病院側が行なった公園置き去りは許されざる行為である事はもう一度念を押しておきます。念を押した上であえて好意的に解釈すると、病院側の申し出を悉く拒否した患者に対するショック療法とも考える事ができます。手段が乱暴なのは言うまでもありませんが、この事件は単なる置き去りではなく、置き去ったその場で119番通報を行なっています。批判されるべき方法ですが、他の医療機関に連絡していると見れます」

 「置き去りは論外だが」(医療報道を斬る)は事件後、10月末に堺市保健所が医療法に定める職員の監督を怠ったとして病院を行政指導していることを取り上げて批判する。「病院もまた被害者であることがよく分かる。むしろ、患者や、年金を管理している前妻は善意の被害者などではないことが分かる。黒字の病院でも利益率は微々たるものだ。未収金があればすぐに赤字に転落するだろう。まして、営業妨害まであれば、どうにかして追い出したいのは当然だ。その様な状況を放置しないですむシステムを構築するのが行政の役目ではないのか。自分たちの怠慢を棚に上げて行政指導とは何事だろう」

 この患者のように病状は安定しているのに引き取り手がない「社会的入院」が医療費を膨らませている元凶と考える厚生労働省は、病床数の大規模削減に乗り出している。昨年、全国の療養病床約38万床を、2012年度までに約15万床に減らす方針を打ち出し、既に各地方で具体的な削減計画が立てられ始めている。診療報酬の改定も療養病床の運営に不利な仕組みになってきた。また、総務省の公立病院改革懇談会が、病床の利用率が3年連続して70%未満の公立病院に対し、病床数の削減や診療所への転換を求めるガイドラインをまとめた。

 日本の病床数が多すぎるから社会的入院を生んでいると言われてきた。例えば人口1000人当たり病床数は日本が米国の4倍にもなる。ところが、米国には統計に現れない病床が多数あると、「『日本の病床数過剰』説のトリックを明かす」(日経メディカル ブログ 本田宏の「勤務医よ、闘え!」)が指摘している。医師が配置されず、医療は開業医が担当するために病院としてカウントされない「ナーシングホーム(NH)」が大量にあるのだ。「米国ではNHが亜急性期以降の治療や、人工呼吸器をつけた患者も収容し、終末期も担当しているようです。ここで死を迎える人は全死亡者の19%といわれ、日本の療養病床のイメージとまさに重なるのです」

 NHを加えて病床数の日米比較をすると、以下の表になる。  日本の「一般病床+療養病床」が「9.8」、米国の「短期入院病床+NH」が「9.9」とほぼ釣り合っている。日米差のほとんどは精神病床の差になってしまう。この均衡を無視して、国は療養病床を半分以下に削減しようとしている。社会的入院による医療費無駄使いは確かに存在するが、受け皿が無い高齢者や単身者を社会全体でどう処遇するのか考えられていない。急速に社会的入院を追放したら、公園への置き去りが例外的な事件でなくなってしまわないか。生活保護の出し渋りなど、セーフティネットのほころびが目立つ昨今だけに強く危惧する。

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