第155回「テレビ局独占から脱したHDビデオ番組」

 薄型大画面テレビの普及で高精細映像、いわゆるハイビジョン番組を家庭で日常的に見られるようになった。従来の標準画質では主題に取り上げている対象をクローズアップしないと十分描けなかったし、置かれている周辺状況を見せるためにはロングに戻さないといけなかった。それほどアップにしないでも主題が見え、同時に周辺の細部まで映るハイビジョン番組は観察力を刺激する。送り手側が意図しない「あら」や「ごみ」から真実が読める。

 国内で既に1000万台普及したとも言われる米アップル社のポータブルプレーヤー「iPod」(アイポッド)は、手軽な音声ファイルを使い新しいタイプの音声番組「ポッドキャスト」を生み出した。音声だけでなく動画主体の「ビデオポッドキャスト」も、個人の発信者を含めて増え続けている。その中心地で楽曲を販売している「iTunes Store」にiPodでは視聴できないポッドキャストがある――と書いたら不思議に思われるだろう。「HDポッドキャスト」の一群がそうだ。ハイビジョンの番組が40件近く。それぞれ番組継続中だからハイビジョン局が約40並ぶとも言える。安価なHDビデオカメラが売り出された結果だ。再生は近年のパソコンなら可能だ。

 米ワシントンポスト紙が開設している「HD Podcast washingtonpost.com」に行ってみた。最新のニュースはパキスタンでの自爆テロ現場で、被害者や周辺、警察の悲痛な表情を撮る。以前の回に遡っていくと、マグロの世界的な獲りすぎで悩む東京・築地市場の競り風景もある。マグロの競りでは予め尾部分の断面を仲買人に見せて品質を確認させる。その断面映像もふだんのテレビよりは数段良く分かった。カメラマンが理屈を知っていれば、もう一段のクローズアップにしただろうが……。

 昨年3月リリースのスーダン・ダルフール紛争地での取材は見て置いて良いのではないか。既に40万人以上の死者を出し、200万人以上が難民化している。夫を子供を殺された女性や9人の兵士に強姦された娘の痛々しいインタビューもある。どんな所に住んでいるのか、人物周辺の細部まで意図しないでも映し出すから、見る目さえあれば商業主義、取材意図押しつけのテレビ番組とはひと味違う情報を得られる。

 SeeMoreHD.comの「Summer of Bears」はゆったりと眺めた。夏のアラスカ、やや寒々とした川の合流部でクマたちが交代で急流に身を沈めて魚を捕っている。周囲にはおこぼれを貰う鳥たちが集まる。主題を特別アップにしなくて済むハイビジョンの特性を生かしてカメラ操作を押さえ、淡々とややロングで追い、説明もBGMも無い。漁は結構大変だ。ようやくクマが魚をくわえて陸に上がる。やがて放り出した頭部分に鳥が群がるが、空から猛禽類が急降下して追い払う。

 米大統領選・ニューハンプシャー州予備選挙で、たくさんの市民にインタビューしていた「Political Lunch HD」。「バラック・オバマ」と支持を語る人々の表情や服装も観察するに値した。宇宙に関心があれば地球軌道上に打ち上げられているハッブル宇宙望遠鏡の映像がフルスクリーン画面でたっぷり楽しめる「Hubblecast HD」や「Hidden Universe HD」あたりも良いだろう。

 食やスポーツなど実用向けの番組も多いが、言葉の問題があるので日本人にとって最も実用的なのは海外旅行を考えている人への現地情報だろう。「Finding America HD」「London Landscape TV」「Rome HD Video」などが有名無名の観光地の光景を切り出して見せてくれる。無用なおしゃべりは少なく、一人旅で街角や山の滝壷に立ち、眺めているような印象になる。

 国内でも市民がハイビジョンの特性を生かしたビデオ番組作りをしている。2005年から一般の撮影者から広く投稿を募って蓄積している「市民テレビ」と、瀧山幸伸氏を中心に通信員が撮影している「JAPAN-GEOGRAPHIC.TV」を挙げる。それぞれのライブラリーは膨大になっており、気に入ってDVD-Rに焼き付け、保存している映像は多い。しかし、HDポッドキャストでこんなに気軽に世界配信できるようになるとは思わなかった。アップル社はおそらく「Apple TV」でテレビに映し出す以上のことも考えているはず。

 また、ワシントンポストHD映像を見て、メディア側としても10万円台のカメラでハイビジョン撮影できるのだからカメラ取材を全面的に切り替えても良いと感じた。必要なスチール写真は切り出して使えばよい。活字記者が行った先々で高精細映像を残すようになれば、報道映像蓄積の概念が変わる。テレビ局は独り占めしていたハイビジョンで市民の進出により独占が崩され、さらに単なる一プレーヤーに落ちよう。

(注1:視聴用のiTunes入手は 「apple.com」 で)
(注2:通常ポッドキャストの案内サイトに国内なら例えば「PODCASTnavi」がある)