裁判員制度は混乱必至でも開始すべきか [ブログ時評89]

 全国8カ所の地裁で実施された裁判員制度による市民参加模擬裁判で、同じ設定の事件で下された判決が無罪から懲役14年までばらついたと12月初め、朝日新聞が報じた。最高裁はこれを「想定内」とし、2009年には制度がスタートすることになっている。裁判の根幹である公平性に疑問が投げられているほかに、一般に思われている以上に長期間の裁判が続出する恐れや、もっと根源的に死刑判決に関わりたくないといった心情を吐露する人も現れている。法律の成立から5年間は広報・啓蒙の期間だとされてきた。啓蒙の対象は裁判員に無作為で選ばれる20歳以上の有権者だったが、真に啓蒙さるべきは推進している政府と法曹界ではないか。少なくとも冤罪を生んできた自白偏重の捜査手法を大変革しないで実施するのは無謀の極みだろう。

 真剣に考え始めた市民はこう思い至る。「『裁判員制度』…とつぜん生活崩壊の予感」(dr.stoneflyの戯れ言)は「だいたい多くの感情は犯人憎しってことだ。もちろんワタシだってそうさ。殺してやりたいほどの裁判に当たるかもしれない。でもね裁判ってのはそれを乗り越え理性でしなきゃなんないだろ。それをさ、感情的には完全に検事側の素人に裁かせるってんだから公平な裁判になりようがないだろ。もしかして、これってさ、職責放棄のアリバイ作り、国家による共同正犯じゃねえのか? とつぜん殺人の共同正犯を押し付けられる精神のダメージは深いぜ」と死刑判決を出す意味を考える。

 強盗殺人、殺人罪などで起訴事実が否認され、裁判が長期化したケースについて審理を短縮できるか、司法研修所が研究報告をまとめている。検察は客観的な証拠で固め、弁護側も途中で弁護方針を変更しない前提で15〜38回に上っていた公判を4〜12回に短縮できるとする。それでも裁判の10%は開廷6日以上と想定される。

 「6回の開廷は必要」(上山法律事務所 TOPICS)は「裁判所が検察庁に可視化を求める前に、任意捜査や長時間の苛酷な取調に対してこれまで行って来た判断、逮捕勾留についての判断、保釈の運用、その他改めるべきところがたくさんあると思います。それにしても、これまで25回の開廷が6回まで短縮可能といっても、裁判員はそんなに自由になる時間はないですよ」と疑問を投げる。さらに「アメリカの陪審員制度の真似−フリーランス、自営業には無理」(Kyoji's website)も「私などは自営業で、私が直接動かないと進まないことばかりだ。この制度、殆ど半強制の制度だから万が一選ばれてしまったら会社の業務の続行は困難になる。ましてある時期事実上この裁判員以外の仕事は一切できなくなるから、これをやれば業務に著しい空白が生まれ、それを取り戻すのは容易ではない。下手すりゃ廃業なんてことも」と当然の心配をする。

 選ばれた裁判員が被告を有罪と決めつけて裁判に臨むようでは困る。そこで最高裁はマスメディアに対して従来の犯罪報道のあり方では困ると、自主規制を求めた。雑誌の業界は制度そのものを認めがたいとする立場だが、新聞と放送の業界は1月半ば、それぞれ報道指針を公表した。

 「裁判員制度における新聞報道」(寝言むにゃむにゃ)はその指針に疑問を投げかける。「示された指針の中に『被疑者の対人関係や生育歴などのプロフィルは、当該事件の本質や背景を理解する上で必要な範囲内で報じる』という文がある。これは、被疑者を犯人扱いしているということではないか」「もし被疑者が無罪なら、当該事件の本質や背景を理解する上で必要な範囲内で報じると言う被疑者の対人関係や生育歴などのプロフィルとはなにか」「被疑者を無罪という視点からの、被疑者の対人関係や生育歴などのプロフィルを報道したものを、私は読んだことがない」

 裁判官の側から自白偏重の構造的な問題との指摘がある。「自白と刑事司法について考える(5)」(日本裁判官ネットワーク)は次のように述べる。「日本では、客観的証拠は乏しくとも、自白追求をし、これが獲得できれば起訴をする。しかし、被告人が公判廷で、その自白は過酷な取調べで無理矢理言わされた虚偽のものであると訴える場合が少なくない。その審理は困難なものとなる」「裁判員がこのような膨大な自白調書を読み込んで検討するという方法は不可能に近い。捜査官の自白追求が依然として続くなら、裁判の上での日本的否認事件は今後ともなくならない」「裁判員制度は、捜査という下部構造をひとまずおいて、裁判という上部構造の改革を先行的に進めた面がある。その上部構造(裁判員裁判)の具体的設計の必要に至ったとき、自白追求を基本とする捜査手法(下部構造)との矛盾軋轢が大きな難問として浮かび上がってきているのである」

 ここまで遅れていると「裁判員制度施行の延期を」(60歳からの独り言)と訴える人が増えて当然だ。「裁判員の辞退者の事が裁判所では今最大の検討課題になっていて、裁判を通じて真実を明らかに出来るのか、判決に真実が表れるのかはやっと検討課題として手がつけられたように見える」「施行の延期は裁判所側からは言えないことなので、法務省は現在の準備状況を見て、本制度で被告人も被害者も裁判を信頼をもって受けることが出来る状態になるまで施行の延期を検討して欲しいですね」

 しかし、裁判員制度への反対には色々な流れがあり、危険な臭いを感じる「裁判員制度はひとまず実施させるしかない」(自由ネコ通信)は「『刑事裁判は健全』『市民は刑事裁判に口を出すな』と主張する現行刑事裁判制度への翼賛運動の台頭は、裁判員制度の実施前の停止が、『やはり市民は刑事裁判への関与を望んでいないし、その能力もない』として、現行制度への信認とされかねない危機的状況を生み出しています」「そうした状況では、刑事裁判に対する市民の批判運動や救援運動の圧殺を許さないためにも、裁判員制度は一度実施させた上で、新たに根本的改革を目指すしかありません」とショック療法的な強行実施を求める。