圧縮音楽の高音改善は低音も増強 [AV特集]

 iPodが国内に1000万台以上あると言われるように、各社が出しているデジタルオーディオプレーヤーは日常生活に不可欠、空気のような存在になっています。周囲に騒音がある通勤通学や街中の散歩に使うなら音質を問題にするまでもないけれど、最近、もっと本格的に音楽を聴けないかと欲張り始めました。その結果、ちょっと面白い結論「圧縮された音楽の高音改善は低音も増強してしまう」に達したのが今回の報告です。

 かつてシリコンオーディオと呼ばれたように比較的小さなメモリーに大量の音楽を蓄えるのが特長です。情報が多い高音域を気にならない程度にカットするのがミソです。しかし、最初にiPodが世に出たとき「音が悪すぎる」と感じられました。当時試して音楽を圧縮した後のビットレート192kbpsなら、なんとか納得できると感じ、iPodではないプレーヤーを買ってCDからMP3やWMAに変換して聴いてきました。

 少し古いページ、AV Watch「第10回:パッケージソフト全盛時代の『現代MP3事情』〜その2:MP3エンコードの設定でどれだけ音が変わるのか?〜」に圧縮後のビットレートの違いにより周波数特性がどう変化するのか、きれいなグラフで紹介されています。オリジナル曲と比べて「グラフが落ち込むのは、96kbpsでは12kHz上、128kbpsでは16kHz、192kbpsと160kbpsでは20kHz、320kbpsでは21kHz近辺であることがわかる」としています。16kHzくらいならたいていの人が聞き取れるはずです。「非可逆圧縮」が最初に広く消費者に使われたのはMD(ミニディスク)からで圧縮度は気づかれないように抑えられました。

 最近、大容量のデジタルオーディオプレーヤーが登場し、これまでなら1曲が2MBか4MBくらいだったのを10倍くらいにする「可逆圧縮」の機種が出てきました。実質的にオリジナルが聴けるのですから、これに乗り換えるのがベストでしょうが、たまたま私が使っている携帯電話「au W54T」の音楽プレーヤー部分に、失われた高音を補う「DBEX」という音質補正技術が備わっていると知ったので使ってみることにしました。

 ITmedia「“音楽のau”を支えるヤマハの『DBEX』技術とは」にビットレート48kbps程度の「着うたフル」などの「失われた音の成分を補完し、さらに中音域のざらつきなどを改善する技術」とあります。少し気を付けて新製品の紹介を見ると、同種の機能を持つデジタルオーディオプレーヤーがいくつも登場しています。実のところ、そうしたリリースを見て食指が動き、使っていなかった携帯電話の機能を見直したのでした。

 どんな補正をしているのか、簡単に言えば圧縮後に残っている低い音楽周波数成分の倍音を作っているようです。倍音、3倍音…と整数倍の周波数の音を付加するのは技術的には容易です。自然な感じにするノウハウは各社で開発しているようで、方式名が違います。

 ふだんに持ち歩いているイヤフォンは独ゼンハイザーのMX500とオーストリアAKGのK12Pです。イヤフォンは耳の形との相性があって音質は私の評価に限れば、MX500は野太い低音に艶っぽいボーカル、K12Pは高域伸びて鮮やかで低音控えめながら重低音あり――となります。音質補正技術をONにした瞬間に瑞々しい感じが広がってK12Pは伸びた高域がいっそう冴えわたり、バイオリンのソロなど大満足です。MX500もボーカルの艶がさらに良くなりますが、太い低音がさらに強くなってしまうのです。静かな部屋でゼンハイザーのヘッドフォンPX100を使って「低音の出過ぎ」が確認できました。K12Pについて言えば、重低音の上に低音が肉付けされて素晴らしいバランスに変化します。

 実は、かなり大きなスピーカーでも音楽で使われる30Hzや50Hzといった本当の重低音は出せていないのです。それでも聞こえると感じるのは倍音の存在から「脳が感じる」からです。ITmedia「小さなスピーカーで重低音再生――ビクターの新『液晶EXE』(2/2)」には重低音を感じさせるために、存在しない重低音の倍音を積極的に付加する技術開発が説明されています。圧縮音楽の音質補正技術も意図しないで低音増強を実現してしまったようです。

 この副作用について善し悪しを論じるつもりはありません。クラシックなどで明らかな過剰感を感じる場合もあれば、バス楽器の彫りが深まり、アタック感が増してグッドということもあります。音楽ライフを楽しむために知っていて利用できる、面白いファクターです。