団藤保晴の
「インターネットで読み解く!」

『派遣村』叩きと派遣労働報道の不毛 [BM時評] (2009/01/11)

(「Blog vs. Media 時評」に同文掲載。コメントなどはそちらに)

 東京・日比谷公園の「年越し派遣村」に集まった失業者で生活保護を申請した207人に、千代田区は8〜9日に1カ月分の保護費支給を決めました。大半の申請者には所持金がほとんど無かったそうです。住宅費を含めて10〜13万円で、とりあえず寒空の下に放り出される事態は避けられました。今回の騒ぎでネット大衆の在りようと、派遣労働に対するマスメディアの報道ぶりに疑問を感じました。

 ネット上では今なお、「派遣村」運営者と集まった失業者に対する批判や揶揄が続いています。《「派遣村」叩きに日本の国民性を思う》(玄倉川の岸辺)が「強者が世間の波に溺れる失業者を『稼ぎもしないのに助けてくれと要求ばかりする連中はゴミだ』と考えるのはそれなりに合理的だ(倫理的に立派なことではないが)。だが、ネットで弱者叩きにいそしんでいる人たちがそのような強者であるとはとても信じられない。『溺れて必死に助けを求める人を手漕ぎボートの主が小突き回し、そのすぐ横を大型船が行く』という絵が目に浮かぶ。手漕ぎボート氏は大型船の引き波で自分のちっぽけな船が転覆する可能性に気付いていない」と指摘します。

 踏みつけられている人にしか見えない構図を、ホームレス作者のブログ「ミッドナイト・ホームレス・ブルー」が《「自分に比べてあいつらは……」 〜「妬む」現代人〜》で「ホームレスにしろネットカフェ難民にしろワーキングプアにしろ、社会の最下層を生きていると、いろいろと風当たりも強い。中にはひたすら非難の姿勢を取る人たちもいて、これはもう振り払っても振り払ってもあとからあとからわいてくるので手に負えないが、この手の人たちは大半が下層の人間である」と書いています。

 この視点で「痛いニュース」の「派遣村の人々、12日から旅館で暮らすことに…生活保護、申請223人中大半が受給決まる」を見ると理解しやすいでしょう。

 派遣労働について連日、新聞記事を読んでいて「派遣村」騒ぎから一気に製造業への派遣労働禁止論議に飛んでしまった印象です。どうして派遣労働者にセーフティネットが張られていなかったのか、説明されないままです。「禁止論議」とそれが失業を増やすとの反論に焦点が移っていますが、安全網の欠陥を直ちに修復するのが先決でしょう。「派遣労働者への雇用保険の適用について」(EU労働法政策雑記帳)に行き当たって、ようやく現状が理解できました。

 雇用保険適用について「少なくとも法文上は、フルタイムの派遣労働者について雇用期間による特別の適用除外規定は存在しません。ところが、現在の運用では、登録型派遣労働者についても『反復継続して派遣就業する者であること』が要件とされているのです」「この取扱いの源泉は、上述の1950年通達の『反復継続して就労しない者であつて、臨時内職的に就労するに過ぎないもの』にあるわけですが、『家庭の婦女子、アルバイト学生』をもっぱら想定してこの要件を設定していた当時の状況に比べれば、現在のフルタイム登録型派遣労働者の大部分はまさに『その者の受ける賃金を以て家計費の主たる部分を賄』う存在になっているのですから、あまりにも実態に合わない運用になってしまっているといえましょう」

 つまり雇用保険という安全網をかぶせるには法律改正は必要ないのです。通達で変更すればよいだけです。もちろん、守旧型の厚生労働省官僚は抵抗するでしょうが、マスメディアがジャーナリズムとしての責任を果たすには格好の回路が開いていると言えます。

 しかし、メディア報道は事前想定内の「ご確認報道」に止まっています。その悪しき典型を《「名古屋越冬闘争突入集会」…派遣切り難民はたった3人?》(dr.stoneflyの戯れ言)が指摘しています。名古屋・笹島の炊き出し現場を踏んだ筆者は「派遣切りされた方ですか」と聞かれて記者に逆質問しています。「記者が『らしき人』に声をかけていった結果……3人。たった3人なのだ。全国でも突出した派遣切りの数を記録する名古屋の越冬闘争に、たった3人。その3人は代わる代わる各社の記者の取材を受けていた」

 翌日のエントリーでは、派遣切り労働者が多数集まったかのように大きく扱われた新聞記事を掲示しつつ、取材、記事執筆のありようを批判しています。言うまでもなく、なぜ3人しかいなかったのか追究して、背後にある事実を明らかにするのがメディアの本来業務です。

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