団藤保晴の
「インターネットで読み解く!」

第173回「臨床研修制度手直しで知る官僚・報道の理解度」 (2009/02/22)

(「Blog vs. Media 時評」に同文掲載。コメントなどはそちらに)

 2004年に導入されたばかりの医師臨床研修制度の見直しが事実上、決まり、2010年からの改訂に向けて動き出します。見直しの決定的な動機は地方を中心にした病院での医師不足顕在化でした。医師免許取得後に研修先の選択が自由化されている現状に制限を加えます。都道府県、病院ごとに研修医の募集定員に上限を設け、人手不足に陥っている大学病院には定員枠を多く配分する仕組みとします。医師不足が顕著な産科や小児科を研修の必須科目から敢えて外し、各自が専門にする科目の勉強に早く移行させて即戦力としての活用を狙います。厚生労働省と文部科学省による「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」のページには昨年9月に第1回検討会を開いてから毎月1回ペース、わずか6回で結論に至ってしまう「拙速」ぶりが記録されています。

 その「08/12/17 第4回臨床研修制度のあり方等に関する検討会議事」のやりとりは率直すぎて笑えるほどです。聖路加国際病院長の福井次矢委員は「2年間の中で、研修医が自由に選択する期間を長くすること自体が、診療科偏在を解消することになるかどうか、ちょっと考えていただきたいのです。というのも、少なくとも私たちの調査結果に基づけば、あまりプログラムを変えよう、変えるべきだという論理構造にならないものですから。データはないのだけれども、現在のプログラムよりより良いプログラムになるだろうという説得力が、申し訳ないのですが、ないように私には聞こえます」と訴えると、自治医大学長の高久史麿座長は「私自身も迷っています。先ほどの小川先生のお話を聞いても、研修医はいまのままでいいという返事をしてます。研修病院と大学病院でプログラムの評価も随分変わってきて、指導医の評価も変わっているし、研修医も変わっています。しかし、この委員会はもともと少し変える必要があるのではないかということでスタートしました。ですから、変えなくてもいいというのなら、私は極めて気が楽です」と答えます。

 専門家が「根拠があまり無い」と言い合って2カ月後には改訂の方針が出てしまうのですから、事務局を務める官僚主導で検討会が進められたことは明白です。同じ日の議事録にある「むつ総合病院」からの現状報告「弘前大学に限って言いますと、どこの教室もスカスカと言いますか、本当に人がいません。そういうことで、教育、診療にさえも差し支える状況です。でも、私はやはり大学がしっかりしなければ医療制度そのものもおかしくなると考えています」が背景があるにせよ、理屈が通らない不思議な話です。

 「ある麻酔科医のつぶやきBlog」の「医師の臨床研修が実質1年に短縮?」は「それならはじめから新研修制度を導入すべきでなかったと思いますし、もっと言うなら今完全に廃止してもいいと思います」「このシステムの表向きの目的は医師が全てプライマリーケアの素養を持つということですが、裏の目的として医局支配を弱体化させて国が直接医師を支配するというものもあります」「表の目的の方はご利益はまだまだわかりません。裏の目的はある程度達成されましたが、当初から考えられていたデメリット(医師不足、過疎地医療問題)の方が非常に強く出てきました。誰も責任をとらないのでしょうね」と、政府・官僚の無責任ぶりに声を上げます。

 全国紙、地方紙とも多くの新聞が社説で取り上げました。地方紙からでは過疎地医療の悩みを抱える北海道新聞が「臨床研修制度 医師不足は解消されぬ(2月21日)」と批判を加えました。「今、研修先として大学病院を避ける医師が多いのは、経験できる症例数が民間病院に比べて少ないうえ、雑用が多かったり、処遇が民間より低かったりするためだ」「この根本的な原因が解消されなければ、大学病院を志望する研修医は増えないだろう。魅力的な研修プログラムを組む努力も、大学側に必要ではないか」と安易な大学優遇策に異を唱えます。さらに「地域医療では初期診療や、いくつもの疾病に対応できる総合診療を担う医師が欠かせない。見直し案がこうした医師の養成につながるか疑問が残る」と警鐘を鳴らします。

 中国新聞は「医師研修見直し 地方への定着促したい」では見直しは当然との立場です。「研修先として地元の大学病院を選ぶ医師を増やし、かつて大学医局が担っていた地域への医師派遣機能を立て直す―。見直しにはそんな思惑もうかがえる。大都市と地方の偏りをなくすには、選択の自由をある程度、制限することもやむを得まい」とまで言い切ります。こちらも地方紙の雄なのですが、《広島大小児科医師、年度末に10人辞職 「体力もたぬ」》の報道で現れている、足下の異変に対処できる発想にはほど遠いように見受けます。

 全国紙については「ぐり研ブログ」が「臨床研修制度に関するマスコミのスタンス」で取り上げています。中国新聞以上の論調の読売新聞社説「臨床研修見直し 医師不足の主因を見誤るな」から「医師不足の根本的な原因は研修制度ではなく、人材の配置に計画性がないことにある。義務研修を終えた若手医師を、必要な地域と分野にきちんと割り振る仕組み作りを急ぐべきだろう」に対して、「かねて医師強制配置の持論を展開してきた読売新聞です。要するに『医師は中央集権的に強権をもって強制的に配置すべし』という話なんですが、ここまで持論まっしぐらというのも潔くていっそ清々しいほどのものがあります」と苦笑いです。

 朝日新聞社説「医師研修見直し―良医を増やすためにこそ」は「臨床研修の見直しは、あくまで患者が医師に何を求め、そうした医師を育てるのに何が必要か、という観点から進められるべきではないか」との結論になっているのですが、昔はともかく現在の医学教育について取材の機会が少ないことが透けて見えます。「ぐり研ブログ」は「『患者の求めるような医師を育てるべき』と言うのもまた議論を呼びそうな話ですが、こういうことを主張するからには朝日新聞社には国民の求める医師像というものの詳細なデータも蓄積されているのだろうと推測します」と皮肉っぽい。いやいや、論説委員室という現場から遠い場所にいて、昔の牧歌的な取材経験で書いているだけのことでしょう。

 事実上見直しが決まる直前に日本医師会が「グランドデザイン2009」という改革案を打ち出しました。「現行制度では各臨床研修病院が研修単位になっているが、改革案では地域医療研修ネットワークを研修単位とする。研修医は初期研修の1年間、出身大学が所在する都道府県の地域医療研修ネットワークに所属し、都道府県内で施設間をローテーションして、地域医療の全体像を経験する」と、研修医を大学がある都道府県に縛り付けてしまおうとの発想です。開業医主体で勤務医のことを知らない日本医師会の面目躍如です。

 昔の大学医局が支配していた時代が終わり、一度、パンドラの箱が開いて自由な移動が出来てしまった現在、全ての前提は変わりました。官製の手直しでも副作用が必ず起きます。「レジデント初期研修用資料」の「臨床研修制度見直し」は見直しが実施されると「今まで以上に『東京一極集中』が進んで、地方の医療は止めを刺されるような気がする」と予言します。「『東京の研修医』に、上限が設けられると、首都圏の研修病院は、競争試験で定員を削らざるを得なくなる。競争試験はたくさんの敗者を生んで、『負けた』人たちは、しかたがないから田舎で働く」「負けっ放しなのは嫌だから、みんなもちろん、ある程度の経験年次を積んだら、もう一度東京を目指して、結果としてたぶん、田舎はみんなの『腰掛け』になる」

 繰り返された大学入試制度の手直しが、受験産業を太らせるだけで大学教育を良くすることに繋がらなかった過去を見てきました。今回の無理な手直しも歪みの方を大きくするだけに終わるのではないかと危惧しています。医師にも職業や住居選択の自由があると言いつつも、「公共の福祉」から制限が出来ると安易に考える官僚と追随するマスメディアの現状理解度がどの程度か見ていただけたと思います。

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