団藤保晴の
「インターネットで読み解く!」

マスメディアによる『私刑』の様相すら [BM時評] (2010/02/07)

(「Blog vs. Media 時評」に同文掲載。コメントなどはそちらに)

 民主党の小沢幹事長をめぐる政治資金疑惑は小沢氏本人には嫌疑不十分による不起訴、秘書3人は政治資金規正法違反(虚偽記載)での起訴で決着しました。検察側が想定していた裏献金のような「実質犯罪」は摘発できず、虚偽記載も「億円単位の巨額だから悪質」との但し書き付き形式犯です。ところが、検察の尻馬に乗って突っ走っていたマスメディアは、振り上げた拳の下ろし方が分からなくなっています。刑事罰に問えなくとも「政治責任がある」と論じていて、「私刑」の様相すら呈し始めています。朝日新聞と読売新聞の世論調査で、鳩山内閣の支持率が下がって初めて不支持が上回る結果になりました。

 ジャーナリズムの仕事には見えていないことを明かす重要な要素があります。しかし、その結果が刑事事件に発展するのか、国会などの場で論戦の対象になるのか、そこまで仕切る必要もなければ権限もありません。東京地検特捜部が処分決定にあたって行った異例の記者会見について、メディアは「はぐらかすばかり」と斜に構えた伝え方をしました。しかし、記者会見を敢えてした特捜部に対して文句を付けるのなら、疑惑報道と称して自社で取材した疑惑ネタを検察からリークされたがごとく流したメディアも説明責任を果たす記者会見をするべきなのです。もちろんそんなことは出来ません。だからこそ、公的な捜査に区切りがついた今、追及が仕事である野党に任せて、メディアは距離を置くべきです。国会で論議すべき中心項目は危機的な経済運営や医療・年金制度、農業と貿易などで盛りだくさんです。

 秘書3人の逮捕、起訴は重大だと野党は主張していますが、政治資金の記載漏れや間違いが無い政治家を捜す方が難しいと言われるのが現状です。この程度の案件で現職の国会議員まで逮捕できるようになり、議員辞職が要求されるようになると、メディアの役目は検察の横暴をチェックすることでなければならないと思います。「摘発基準を下げた検察に追従はメディアの自殺行為」で危惧していたことが現実になりそうな予感がします。

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