第237回「『対中赤字、実は黒字』良い記事ゆえの問題点」

 今週、財務省が発表の貿易統計(通関ベース速報)で日本の対中貿易赤字が焦点の一つになりました。日刊工業新聞が《昨年の対中輸出、27%増の13兆円で過去最高》で伝えます。「中国は輸出先の国・地域別シェアでも2年連続のトップ。輸入相手国としても02年から9年連続でトップとなり、世界第2位の経済大国になったとされる同国との関係が深まっている実態が浮き彫りになった」「輸出から輸入を差し引いた貿易収支は3208億円の赤字と、赤字幅が5年連続で縮小した。赤字額が1兆円を下回ったのは94年以来で、88年から続いている貿易赤字からの転換も視野に入ってきた」

 ところが朝日新聞は経済面に《対中国赤字実は「黒字」 10年貿易統計 第三国経由の輸出 表に出ず》を出しました。「日本の対中貿易は、ほんとうは黒字」(遊爺雑記帳)が全文を転載しています。「貿易の統計では、第三の国・地域を経て輸出された物品は、最終目的地ではなく経由地への輸出とみなされる。一方、輸入の場合は原産地を輸入相手とみなす。つまり第三の国・地域を経て日本から中国に入った物品は、日本の統計では『中国への輸出』にならないが、中国の統計では『日本からの輸入』になる」

 こうした構造を意識して日本貿易振興機構(ジェトロ)が相手国統計から輸出実態を把握し直し、作成した「東アジア貿易の流れ」を以下に引用します。  3208億円の赤字ではなくて2兆1030億円の黒字が対中貿易の実態だという訳です。以前からネット上で疑問になっていた問題であり、良い視点とタイミングの記事だと思いますが、そうであるがゆえにもっと精密な書き方が要求されます。例えば「対中国赤字?」(kmoriのネタままプログラミング日記)は2009年に中国と香港への輸出額を合計するだけの操作で「日本は、ここ7年ばかり対中国貿易ではずっと貿易黒字を保っている」「赤字だったのは2001年だけ。1998〜2000年のデータも別の統計で見てみたが、それらも黒字だった。中国は日本にとってずっといいお客さんだったのである」と実証して見せます。

 東アジアの貿易について少し知っていれば、中間財・資本財を日本が大量に輸出し、それを各国が加工して輸出商品にしている構図は頭に入っているはずです。例えば「東アジアにおける製造業ネットワークの形成と日本企業のポジショニング」(21COE, University of Tokyo MMRC Discussion Paper No. 92)から「図3 東アジアの貿易構造(2004年)」を引用しましょう。  日本から台湾と韓国に太い流れが出て、それがさらに中国に向かいます。この流れはさらに中国の巨額な対米、対EU輸出に繋がり、全体として日本に利益をもたらしていることは明白です。ジェトロの今回の試算がこの貿易構造のどのレベルまで届いているのか、書き込んでもらわないと隔靴掻痒になってしまいます。第三の国・地域を経て輸出された物品で中国の統計で「日本からの輸入」になる場合をもっとはっきりさせなければ物足りないのです。

 読者側の疑問例として挙げれば「ある40代女性の生活」さんは「中国向け輸出: 実は「黒字」だった 第3国経由を合算 部品・素材・製造装置 なぜ第三国経由?」で「なーんだ、では、『赤字』と騒いでいたけれど、実際は中国のおかげでだいぶ潤っていたのですね。でも、どうしてわざわざ第三国経由になるのでしょう?」「ジェトロのホームページに行ってみました」「上記の記事に該当するニュースリリース等を見つけることができませんでした」と消化不良のようです。

 プレスリリースの原文・原情報がネットで読めない報道がまだ相当数に上っています。このケースは記者がジェトロ内部で取材した独自ネタだから当然ですが、ならばこそ読み手の欲求を最初から満たさねばなりません。