第238回「中東に見る権力の倒し方:無血革命では困難」

 チュニジアで長期独裁政権が倒れたのに続いて、エジプトで大規模な大衆抗議行動が起きています。その現場に入っている記者からの報告が核になっているせいか、マスメディアの報道は無血革命が簡単であるかのトーンです。しかし、中東で起きている現実は権力がそんなに脆いものではないことを示していると思います。この騒ぎを機会に東京外語大が中東の新聞記事を日本語訳してくれるなどデータが豊富になっていますから、状況を整理してみましょう。

 あのチュニジアがどうなったのか、急に見えなくなっていましたが、6日にCNNが「警官隊がデモ隊に発砲、2人死亡 チュニジア」と伝えました。「現場の警察署前にはデモ参加者約1000人が集結。建物に石や火炎瓶を投げ付けたり車に放火するなど暴力行為を繰り返していた。デモが実施された理由は明らかでない」「警官隊は催涙ガスや空砲で威嚇して沈静化を図ったがデモ隊が応じないため、発砲したとされる」

 1月21日には「チュニジア暫定政権が初閣議 政治グループを承認」が報じられました。「ベンアリ政権の与党・立憲民主連合(RCD)の中央委員会が解散し、所属していた全閣僚が離党した。ムバッザア暫定大統領とガンヌーシ暫定首相も18日に同党を離党。ムバッザア氏は『過去とのあらゆるつながり』を断ち切るとの方針を示したが、国民の多くはこうした対応を不十分だと考えている」「英語教師のモハメド・バシャさんは、『チュニジア国民は独裁政党の(RCD)を求めていない』『我々は真の革命を求めている。うそはもうたくさんだ。23年間だまされ続けた』と話す」

 結局は首相が暫定首相に横滑りし、野党などからも新閣僚を迎えて選挙実施を目指すことになっているのですが、独裁者を追放した抗議行動の高揚が求めたものとかなり違っています。

 人口が1000万人ほどのチュニジアと違って、エジプトは人口7600万もあるアラブの大国です。「エジプトの統計情報」を見ると一人当たりの名目GDPが2,450USドルで貧しい国とは言えず、そこそこの豊かさです。100万人が抗議に結集しようと、「物言わぬ大衆多数からの支持がある」と政権側が抗弁できる余地があります。

 東京外語大「日本語で読む中東メディア」から「エジプトの体制変革、可能性のあるプレーヤーは誰か」はムバラク大統領が去った場合の指導者リストを掲げています。国際原子力機関(IAEA)事務局長だったエルバラダイ氏や野党政治家、ノーベル化学賞受賞の研究者、ムスリム同胞団の団長と並んでいますが、いずれも国民的基盤が弱く人口7600万の国として見ればかなり貧困なリストだと思えます。30年間も非常事態宣言を敷き続け、治安警察に政敵を圧殺させてきた後遺症は大きいようです。

 ウォール・ストリート・ジャーナルは5日、「エジプト副大統領主導の政権移行を支持=クリントン米国務長官」で「スレイマン副大統領が実権をにぎる現在のエジプト政府が発表した移行プロセスを支持することが重要だ」「エジプト政権内では、ムバラク大統領が実権をスレイマン副大統領に委譲し、象徴的国家元首になる案が検討されている」と伝えました。チュニジア暫定政権とほぼ同じような形で選挙まで持っていこうというのでしょう。

 政権を揺るがす大規模抗議行動がツイッターやフェイスブックなどネットを使って引き起こされた特筆すべき事件でしたが、権力の奪取となると無血革命は容易ではありません。奪取する主体が確立しないまま権力を倒そうとしている滑稽さも見えます。ましてエジプトでは軍が政権側にいるのです。

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