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入試カンニング:メディアも大学も踏み外し過ぎ [BM時評] (2011/03/04)

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(「Blog vs. Media 時評」に同文掲載。コメントなどはそちらに)

 京大などで入試の際に携帯電話を使ってネットの質問サイトに書き込みをし、カンニングで正解を得ていた事件は仙台の予備校生逮捕に至りました。一報があったは週末のニュースが薄い日でしたから、新聞朝刊の1面トップ扱いも「場合によっては、ありかな」と思っていましたが、連日のように1面を使うクレージーさに怒りを覚えています。ニュースをネットだけでしか見ない人には分かりませんが、紙の新聞は1枚の紙面の中でもニュース価値の大小を表現しますし、紙面が30ページ、40ページと連なった新聞全体としても価値を表現する機能を持ちます。長年培ってきた新聞読者とのお約束を考えれば、この事件での容疑者逮捕は1面モノではありません。

 「茂木健一郎 クオリア日記」《京都大学等におけるカンニング事件について》の「京都大学が被害届けを出し、『偽計業務妨害罪』でカンニングをした学生が逮捕されるに至ったことに、強い違和感を覚えるものである」「今回の受験生が、その手法の『目新しさ』ゆえに『警察沙汰』になってしまったとすれば、他の事例と比較しての公平性の点からも、はなはだ疑問だと言わざるを得ない」、あるいは「Matimulog」《news:カンニングで逮捕は行き過ぎだ》の「世間が、マスメディアもこぞって、ものすごく悪質な行為をしたかのように騒ぎ、ネットの闇がまたまた現れましたみたいにはしゃいでいるのは、全く見るに堪えない。手口がわかってしまえば単なる出来の悪いカンニングに過ぎず、これからは通信機器にいっそう注意しましょうというだけのことだ」のような批判的視点で書かれた記事ならともかく、大上段に1面トップで断罪する中身ではありません。

 「大石英司の代替空港」は《司法コスト》で大学側が被害届を出したことに捜査当局を頼らなければならぬ事情をくみつつも「素朴な疑問として、じゃあ普段の学内の試験は、ノートの貸し借りはもちろんそこそこカンニングもできるだろうに、そっちはせいぜい停学処分で済んで、こっちはいきなり国を挙げての晒し者にして良いのか? な疑問は残るわけです」と、出発点での疑問を提起します。教育者として取るべき行動だったのか、熟慮があったとは思えません。マスメディアに煽られて重大犯罪並にしてしまったのではありませんか。

 「ガ島通信」は《京大の入試問題漏洩の背景がネットの闇と若者の劣化という筋書きに絶句する》でメディアの取材を受けて断ったこと、さらに取材してきた記者に指摘した問題点を書いています。「一つはそもそもネットのせいではなく大学側の問題ではないのかということ、もう一つはカンニングを事件化したことの今後の影響について考えてほしいという事です」「もうひとつは警察の権限の拡大への危険性です。カンニングを警察問題にしてしまったおかげでカンニングで逮捕という実績ができてしまいました」「スムーズな業務を妨害すると罪になるという幅広い適用にしていくと、通常の期末試験でカンニングを後からツイッターで告白して、関係者が確認などに煩雑な業務を行った場合でも逮捕可能ということがあり得ます」

 この事件で1面トップを何度も使うほどに、国内情勢は問題もなく平穏に推移しているのでしょうか。ジャーナリズムを標榜している新聞社をはじめテレビも含めマスメディアの幹部には猛省を求めます。

 【参照】インターネットで読み解く!「マスメディア」関連エントリー

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