第259回「非常用復水器使わず:原発事故、人災が決定的」 (2011/05/18)

(「Blog vs. Media 時評」に同文掲載。コメントなどはそちらに)

 福島第一原発事故は不可抗力の天災か、あるいは人災か、果てしない議論が続いてきましたが、人災説が決定的になったと思えます。本当の山場で電源を必要としない「非常用復水器」が使われなかったことが明白になりました。

 NHKニュース《1号機 地震後の状況は(5月17日 19:40更新)》が「午後3時に止まった非常用復水器は、本来、電源がなくても動きますが、再び弁が開けられたのは午後6時18分」「しかし、冷却機能の最後のとりでである非常用復水器は、その後も起動と停止を繰り返していました。再起動から僅か15分後に弁が閉じられています」と伝えました。

 メディアの報道は、津波襲来前の11日午後3時に手動で停止した事を問題視していますが、決定的だったのはむしろ6時18分の再起動と15分後の再停止です。下図に示すように、ここが事故進展にとって極めて重要なタイミングでした。




 冷却水が減り続けて核燃料の頂部まで下がったのが18時ごろ、19時半には一番下まで露出してしまいました。燃料の頭がのぞき始めた時点で非常用復水器がフル稼働していたら、1号機は救われたかも知れません。下に敦賀1号機の非常用復水器系統概要を引用します。




 異常時の説明図で余分なことが書いてありますが、原子炉圧力容器との間にある弁さえ開けば、自動的に蒸気が送り込まれて復水器で水になり、蒸気が出ていった後を補うように水が炉心に戻っていく仕組みです。一度、再起動した非常用復水器をどうして短時間で停止したのか、どのような判断ミスが運転員にあったのか、あるいは自動的に停止してしまったのか、現時点では判りません。しかし、非常用発電機を含めて全ての電源が失われている11日午後6時段階で、無電源で働く非常用冷却システムが動いたのに使わずメルトダウンに至ったことだけは、はっきりしました。3号機では13日まで、2号機では14日まで別の非常冷却系が動きました。1号機が救われていたら、対処の仕方は大きく違っていたはずです。

 ただし、データが明らかでなく不詳ですが、非常用復水器系統が地震のショックで使えないほど壊れていた可能性があります。津波襲来前の起動と停止など、何度も繰り返されているのは試し調べるためかも知れません。これまでの東電の説明では津波までは正常だった事になっていますが、既に説明の信頼性は失われつつあるので疑いたくもなります。(4月4日保安院の報告書「2011年東北地方太平洋沖地震と原子力発電所に対する地震の被害」「3-7. 1号機における主要な事象の進展(1/4)」では高圧注入系が津波で運転不能になっても「隔離時復水器」運転可能とされる)

 【18日夕に追補】WSJ日本版の《福島第1原発、事故直後の新事実が明らかに―WSJ分析》は津波による交流電源喪失でも「本当に深刻な事態に発展するまで、電源を復旧させる時間はまだ8時間あると考えていた。原子炉の燃料棒の冷却や主計器の電源となる予備電源は8時間持つと想定されていたためだ。予備電源は、発電所の最後の頼みの綱だった」と伝えています。つまり予備バッテリーで動く高圧注入系はまだ使えると現場は考えていたかも知れません。実際は予備電源は浸水で消えました。

 また、「福島第1原発に夕暮れが近づくと、技術者たちは取り外した車のバッテリーを使って臨時装置の電力とし、原子炉の中で何が起こっているのか解明しようとした。午後9時21分には危険なサインを発見した。1号機の水位が急激に下がっており、燃料棒がいまにも露出しそうだった」というのですから、水位低下の認識はずいぶん遅かったようです。1号機水位計の不確かさは一貫しているので、この時点で燃料は露出していたと見てよいでしょう。メルトダウンが既に始まっている段階で危機認識の入り口に立ったのです。手探りしながら起きている事態を完全に見抜くことは無理ですが、津波襲来後に全く注水できない中で最悪まで考えて対処すべきであり、想像力の欠如は否定できません。

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