第262回「放射性テルル翌日発見なら2、3号機は救えた」 (2011/06/04)

(「BM時評」に同文掲載。コメントなどはそちらに)

 福島原発事故で1000度にならないと発生しない放射性テルルが大地震・事故発生の翌日朝には検出されていたと聞いて、腰から力が抜ける思いがしました。1号機は炉心溶融を起こしたと諦めても、2、3号機で緊急冷却系のバッテリーが無くなる1日以上前だったのですから海水注入を事前に準備できたはずです。この事故では注入のタイミングがいずれも遅く、炉心が高温になってから「焼け石に水」状態で注入しています。冷却系停止直後に海水注入していれば2、3号機の水素爆発はなかったのです。1号機の炉心溶融判断遅れがずっと尾を引きました。

 日経新聞の《地震翌朝、原発敷地外に放射性物質 保安院公表遅れ》はこう報じました。「公表したのは地震直後の3月11〜15日に、政府の原子力災害現地対策本部と福島県が測定したデータ。15日に保安院の担当者らが大熊町の緊急時対策拠点から福島市に退避した際に持ち出し忘れたデータを、5月28日に回収したという」「データによると3月12日午前8時30分過ぎに浪江町や大熊町で放射性ヨウ素や放射性セシウムを測定。核燃料が1000度にまで過熱しないと出ないとされる放射性テルルも検出された」

 ポイントは公表が遅れたことではありません。3月12日朝に放射性テルルを検出して、それを現地対策本部が掌握していたのかです。原発では電源が無くなり計器が動かぬ中で、炉心で起きている状況を技術陣は必死に推測しようとしていました。外部で放射性テルルが見つかったとの情報が入れば「炉心には燃料棒の半分まで水がある」との誤った判断は捨てられたはずです。誰がテルル検出を認識し、どこに伝えたのか、あるいは今になって記録に存在することに気付いたのであって、当時は誰の目にも触れなかったのか、重大な問題です。「保安院の西山英彦審議官は『意図的に隠すつもりはなく、情報を整理して公表する発想がなかった』と弁明した」とありますが、的はずれもいい加減にしてほしい発言ですし、日経に限らずマスメディア側も大ボケです。

 対策が後手に回り続けた東電が批判されていますが、放射性テルルを検出しながら生かせなかった政府の原子力災害現地対策本部と福島県も厳しく叱責されるべきです。今回の事故時は米スリーマイル島事故のように情報があふれて混乱したのではなく、乏しい情報から何を読むかが問われたはずです。修羅場で目を皿のようにして情報を精査できる人材を我々は欠いていたようです。

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