第265回「国も福島原発事故で賠償し無責任姿勢を正せ」 (2011/06/26)

(「Blog vs. Media 時評」に同文掲載。コメントなどはそちらに)

 福島第一原発事故は未だに収束が出来ていない上に、政府が作った損害賠償の仕組みはおかしく、エネルギー政策の見直しも進みません。事故の責任は事業者・東電だけにあるのではなく、全電源喪失の軽視などを安全審査で通した政府にも等しい責任があります。この間、ずっと動きを見ていて国の賠償責任が消えている点が、政治家と官僚、マスメディアが勘違いをする根源になっています。国も賠償に加わって無責任姿勢を正すべきなのです。

 「原子力損害賠償法」第三条に「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる」、第四条に「前条の場合においては、同条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき原子力事業者以外の者は、その損害を賠償する責めに任じない」とあることから、東電以外には賠償責任が無いと解釈されているのでしょう。

 しかし、損害賠償の大原則は過失があれば損害を償うのです。原子力損害賠償法は無過失であっても原子力事故の賠償をさせるために事業者は逃げられない仕組みにし、当事者間の責任のなすり合いで被害住民が取り残されることがないようにしました。だからと言って、東電だけが賠償すればよいと決めつけるのは間違いです。

 原子力安全委員長が「地震や津波の問題だけでなく、安全設計に関する指針や防災の指針も適切でない部分があり、明らかに見直さなければならない」と表明している以上、国にも大きな過失があったと認めたことになります。原子力損害賠償法も、過失を自ら認める者が自主的に賠償することまで禁じているとは読めません。

 今回の事故での賠償総額は未確定ですが、「10年間で10兆円」とか言われ始めています。東電と国が折半するなら毎年5000億円です。4千数百億円ある国の原子力予算を注ぎ込んで見合う規模です。これを官僚が真剣に考えれば、次のような安易な現状維持話は出なくなるでしょう。《核燃サイクル維持 「経済省から確認」》(朝日新聞青森版)は「三村知事は22日、県議会の一般質問で、『海江田万里経産相から核燃料サイクルは維持強化していくとの回答を得ている』と答え、六ケ所再処理工場をめぐる国の方針は変わっていないとの認識を示した。菅首相のエネルギー基本計画を『白紙』にするとの発言について、滝沢求議員(自民)に認識を問われた」と伝えました。

 事故の収束でも国は金を出さないと思っているから「東電が」「東電が」で事業者任せにし、すべて後手に回る過ちを続けました。今は地上の放射能汚染水が大きなニュースになっていますが、原子炉格納容器のバリアが1〜3号機で壊れた以上、コンクリートの建屋から地下水への漏出は間違いなく起きています。1000億円かかるという巨大地下隔壁の建設が急がれるはずなのに、遅々として進みません。取り返しがつかない汚染拡大になれば賠償は膨らむと、国も当事者として恐れるべきです。

 定検あけ原発の再稼働難航問題も、根底は欠陥がある安全審査指針を放置したまま、安全対策の付け焼き刃的な追加で誤魔化そうとしているからです。国の賠償を現実化することで官僚に痛みと責任を実感させるのが、早期の事故収束、破綻したエネルギー政策の合理的再建の近道です。その方向付けこそ民主党が掲げる「政治主導」の出番でしょう。

 【参照】インターネットで読み解く!「福島原発事故」関連エントリー

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