第266回「中国の高速鉄道時代:所得上昇に先んじ過ぎか」

 6月30日に北京・上海間の高速鉄道(1318キロ)が営業運転を始めます。北京から東沿岸部を南下するこの路線の他に、内陸中央部を広州へ南下する路線と北のハルビンに向かう路線も年内開通が予定され、一気に高速鉄道時代の幕が開きます。日本の東海道新幹線だって最初は何年も赤字だったのですから積極投資が悪いとは限りませんが、所得水準の上昇にあまりに先んじて超大規模展開をしてしまった可能性があります。そして最高時速の300キロへの切り下げと安全性問題です。

 《「時速世界一やめます」スタートから4年、転機を迎えた中国高速鉄道》(KINBRICKS NOW)はこう書いています。「近年、中国高速鉄道をめぐる問題で焦点となってきたのは、その天文学的な負債。現在、中国鉄道企業の負債は1兆8000億元(約22兆5000億円)に達すると推定されている。その財務計画はきわめて楽観的な収支予測の上に成り立っているとも批判され、経営リスクが指摘されてきた」

 先行して開業した区間の列車で客がまばらなのは有名です。2007年開業で台北・高雄間345キロを結ぶ台湾新幹線が2000億円の累積赤字に苦しみ、経営再建が言われているのを見ると、その100倍の負債は、平均所得水準は台湾が中国本土より上であるだけに心配です。

 サーチナ総合研究所(上海サーチナ)が過去に乗車経験がある3000人に調査した《利用頻度は収入に比例、出張での利用も―中国の高速鉄道》は1年間の高速鉄道利用回数について「全体のうち『1回―2回』が約半数を占めており、高速鉄道は多くの中国人にとって、まだまだ非日常の特別な乗り物であることが分かる」としています。「『5回以上』と回答した人の割合は、『月収3000元以下』の層では15.3%だけだったが、『月収9000元以上』の層では43.6%に達した。中国で月収9000元といえば、感覚的には日本で月収40―50万円ぐらいの、比較的裕福な人というイメージだ」

 北京・上海間の料金は最高時速300キロ、所用4時間48分の2等席で555元(7000円)、最高250キロ、所用7時間56分の2等席なら410元(5125円)と割に押さえ気味です。しかし、2008年の都市部労働者の平均年収は29,229元(国家統計局公表)で36万円余りだそうですから、庶民の足とは到底思えない高さです。もちろん地方からの出稼ぎ労働者には手が出ません。なお、最高のビジネスクラスは1750元(2万1875円)です。(人民網の特集ページ

 世界最高時速350キロを取りやめ300キロにしたのも、安全性問題もさることながら、少しでも安くし、多くの利用者が使いやすいダイヤ編成を目指した結果でしょう。320キロを超えると走行抵抗が急激に増え、エネルギー消費が非常に大きくなるとされています。

 高速鉄道の安全確保は確かに大変です。日本の新幹線でも関係者がもの凄いエネルギーを注いで注意を払っているから死亡事故無しなのでしょう。既に工期を前倒しして完成した点への疑問や、手抜き工事があった疑いなどが浮上しています。それでも《中国政府「北京・上海高速鉄道に安全上の問題ある。極めて危険」》(サーチナ)といった率直な危機意識が中国政府鉄道部から吐露されるのを見ると、中国も今度は本気かなと思えます。「高速鉄道の安全を脅かしているのは法律やルールを無視した周辺の動き」です。

 毎日、始発前に試運転列車を走らせ確認する、鉄道をまたぐ道路には監視カメラなどを設けて落下物があり次第、緊急連絡する――など対策はあるようです。それにしてもどんと1318キロ、さらに続々開業なのですから目を光らせる人材を間に合うよう教育、訓練していくだけでも大仕事です。

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