第305回「必死の養殖増産で人口増を賄う水産資源は限界」

 世界や日本の漁業の行く末を心配する声を最近また聞き、昨年11月に公表された国連食糧農業機関(FAO)の「世界漁業・養殖業白書2010年」を見直してみました。世界人口が増え漁獲量が頭打ちする中、必死の養殖増産で1人当たりの年間食用魚介類供給量を維持しています。特に中国の内水面養殖は1980年代から凄まじい勢いで増加、海面養殖と合わせて2009年に3410万トンと世界養殖生産量の62%を占めました。ただし、世界の養殖は今後10年は増えるとしても伸び率は鈍化するばかりで、水産資源が人口増と購買力増加に対応しきれるか疑問です。

 中国は養殖生産量のほか漁獲量でも1490万トンと世界一です。人口の増加ペースが速く、世界と分けて見る方が実態を掴みやすいので、世界全体から「中国を除く世界」の統計を引き算して、中国分だけを出しました。2004年から2009年の養殖生産量と漁獲量の推移をグラフにしました。  年率がかつての2桁伸びから5%台に鈍化しても、中国養殖生産は5年間で750万トンも増加し3410万トンです。中国を除く世界も570万トン増えて2100万トンになっているのですが、中国養殖の存在感、ボリューム感がグラフにある通り圧倒的です。中国養殖は内水面の割合が65%で、その他の世界の61%より多いのが特徴です。一方、漁獲量は中国が5年間で40万トンの微増だったのに、その他の世界は280万トン減の7510万トンでした。最近の中韓の漁業紛争激化に見られるように中国近海でもますます魚は獲れなくなっています。

 こんなに増産していても人口増加ぶりが半端ではないので、中国の1人当たり食用魚介類供給量は30キロ前後で横這いです。中国を除く世界も13.7キロほどで変わっていません。両者を合計してしまうと、中国人口増加の大きさに引きずられて世界規模で1人当たり量が増えて見えます。世界統計の見え方として要注意です。

 この中国や世界中から輸入して、日本の1人当たり食用魚介類消費量は世界最高の60キロ近くにもなります。《「獲れない、売れない、安い」 深刻な事態に直面する日本の漁業》はこれだけの消費を賄う上で、既に起きている水産物「買負け」現象よりさらに深刻な「買えない」事態を案じます。「日本以外の国々の購買力が高まり、日本向けの販売価格と変わらなくなってきたのです」「日本側にはすっかり主導権がなくなってきています。他国の輸入は毎年伸びていますので、ほとんどの主要水産物において、日本向けの比率は毎年減少しているのです」

 FAOの「世界の農林水産」2012年春号に所収の「漁業・養殖業の展望と水産養殖局の役割」は「2000年から2008年の間に養殖生産量は3,240万トンから5,250万トンと、その伸びは60%以上に達し、2012年には食用として消費される魚介類の50%以上が養殖生産によると予測されています」「養殖をめぐる課題も山積しており、養殖業がこれまでのような高い伸びを今後とも持続していけるとは限りません」と伝えています。

 「FAOが把握している漁業資源のうち半分はすでに十分に利用されており、これ以上の漁獲量の増加は望めません。まだ開発の余地がある資源が15%あるものの、過剰開発・枯渇あるいは枯渇からの回復状態にある資源は30%を越えています」。これが世界水産資源の現状です。

 CNNが「英皇太子がフィッシュ&チップスの未来を憂慮、持続可能な漁業訴え」で「スコットランドで開かれた世界水産学会議で講演し、英国民が愛する伝統食のフィッシュ・アンド・チップスを今後も食べ続けられるよう、持続可能な漁業の重要性を訴えた」と報じています。「北海のタラの資源が10年前の枯渇寸前の状態から回復の兆しを見せていることは特に喜ばしい」と言わねばならい、お寒い背景だからです。

 国内はもちろん水産白書に描かれているはずですが、平成22年度第1部第1章「私たちの水産資源 〜持続的な漁業・食料供給を考える〜」あたりを読むとあまり切迫感がありません。2006年の研究者による警告「スシ、刺し身が消える……」「世界規模での漁業崩壊が見えてきた」の衝撃が、養殖漁業の頑張りで薄らいだとしたら残念です。楽観的になれるほど事態は好転していません。特に周辺の好漁場を乱獲で荒らして輸入に頼る日本は、自国周辺での漁業持続性を確保しないと早い時期に干上がってしまう恐れすらあります。