第402回「南水北調は中国経済成長持続の難題を解けずか」

 「水と空気と安全はタダ」と思っている日本と違い、中国ではどれも貴重な資源です。中国が経済成長を持続できるか、今年は長江水の北部転送事業による答えが出そう。既に大気汚染問題で赤信号が点きつつあります。南部の豊かな水を乾燥した北部で使う「南水北調」事業の1期分が昨年末に完工、今年から本格運用です。毛沢東が発想した巨大事業がついに出来たのですから国をあげてのお祝いになって良いはずが、控え目な扱いが不思議です。ひとつには水質汚染で飲用になる水を送れない恐れが高まっている点があり、地下水を汲み上げるよりも数十倍も高い単価になる水が広く使われるか、今後の維持費用も含めて疑問があります。まず完工した東と中央のルートを地図で見ましょう。  東ルートは江蘇省で取水、古来の運河や湖を経由して北上する幹線水路1156キロです。天井川になっている黄河付近が最も高度があるために、低い位置にある長江最下流から合計65メートルもポンプアップして、黄河の下に造ったトンネルを通します。中央ルートは長江の支流、漢江の丹江口ダムから北京まで標高差100メートルを利用した自然流下の幹線水路1246キロです。勾配は極めて緩やかで、水路幅は200メートルにもなります。既に工費に5兆円は投じられています。

 年間取水量は東ルートで150億立方メートル程度、中央ルートは146億立方メートルながら、途中の地域も水不足なので最終目的地の北京や天津に届くのは何分の1かです。長江の流量豊富さから取水しても心配ないとされますが、長江河口から海水が逆流して重要都市・上海の水源を侵す恐れや東シナ海の海洋環境影響に議論があります。2期工事以降では、さらに取水増強の予定です。なお、富士山頂並みの高地で難工事になる西ルートは未確定です。

 水も土も空気も環境汚染が深刻な中国できれいな水が送れるのか、従来の中国メディア報道は汚染改善は進んでいるとの紋切り型でした。昨年末になって中国環境保護省が厳しい判断を出しました。「環保部:南水北調の汚染規制項目、完成は10%」(原文は中国語)が「江蘇、山東、河南、湖北、陝西の5省に展開する南水北調の東・中央ルートを調査したところ、全部で474件の汚染防止規制項目の内、完成は51件しか無かった」と伝えました。

 東ルートは工場が密集してパルプ廃液汚染などで名高い地域を通っています。古来の運河や湖には生活汚水も流れ込んでいました。中央ルートの水源、丹江口ダムの水質悪化は中国メディアも「下水の水を送るようだ」と報じてきました。水豊かな漢江の天然の希釈効果に頼って下水処理などしないで暮らしてきた地域住民の頭を切り替えさせるのは容易ではありません。汚染企業の閉鎖が命じられ始めましたが、既に最終消費地、天津市は転送された水を飲用には使わないと宣言しています。第346回「『がん村』放置は必然、圧殺する中国の環境司法」にある汚染マップと見比べて下さい。

 北京がある華北平原は雨に乏しい地域で、黄河から水が無くなることもしばしばあり、地下水の大量汲み上げで地下水位は著しく低下しています。深さ40メートルの井戸を掘らねば水が出ない状況です。この結果、天津市で3メートルを超えるなど広範囲の地盤沈下があり、地下水に工場廃水を注入する不心得な企業が多発して44%の地下水が重金属など汚染、経済成長を続ける上で限界が迫っています。南水北調は切り札になるべき存在でした。

 この分野の専門家、神戸女子大の小林善文教授による『南水北調政策の課題と展望』が用水コストとの関係を論じています。膨大な電力を使ってポンプアップし続ける東ルートはもちろん、莫大な工費をかけた中央ルートも水の値段は安く出来ません。

 「南水北調の三工程ともに用水価格は高いものとならざるを得ず、調水が始まっても、地方の用水戸や企業などは黄河からの引水やコストの安い地下水を汲み上げ続けて、南水北調の調水能力がフルに活用されることはなく、工事関係の銀行融資の返済が困難になり、受水区の付属工事も進まず、工程の運用に困難を来すようになっるであろう。結局のところ、調水しても地下水の過剰な汲み上げと、それに伴う生態環境の悪化や住民の健康への悪影響を防止できないと考えられる」

 中国がやがて世界一の経済体になるとの予測が、OECDなどで臆面もなく語り続けられています。人間が生きていく上で必須の水と空気が足りない現実が見えていない欠陥予測です。中央ルートは増水期になる9月か10月に運用開始、東ルートは既に水を送り始めました。改善が見えない重篤スモッグの始末と並んで、中国の未来を予測できる年が動き出しました。

 【参照】インターネットで読み解く!「中国」関連エントリー
     「『中国は終わった』とメディアはなぜ言わない」