緊急措置効かぬ怪物スモッグが中国政府を打ちのめす [BM時評]
《2014年2月WEBRONZA掲載:2017年9月転載》
いざとなれば打つ手はあると中国政府は身構えていたのに、モンスター級の重篤スモッグは繰り出される緊急措置を悠然と払いのけた。丸6日も続いた大気汚染、下がるどころか尻上がり上昇のPM2.5濃度で面目丸つぶれ。人工衛星で見た今回スモッグの重篤部分は81万平方キロ。東京から博多まで直線で約900キロあり、これを一辺とした正方形面積に相当した。こんな膨大な空間に汚染物質が充満したら、小手先の対策は効かない。中国がエネルギーと資源の大浪費型経済成長に突き進んできたツケが噴き出している。
まず北京の米国大使館が測定、公開している大気質指数「北京AQI」のグラフを騒ぎの発端になった2月20日から保存しておいたので、PM2.5とPM10の部分を切り出し6日分並べてご覧いただく。PM2.5は直径2.5マイクロメートル前後、PM10は直径10マイクロメートル前後の微粒子で、肺の奥深くまで侵入して一部は血流に乗るPM2.5の方がより危険視されている。PM2.5を基準に取ると、大気1立方メートル当たり250マイクログラム以上がAQI指数300以上の最上位ランク「厳重汚染」になっている。指数は500が最高で、それ以上は桁外れを意味する「爆表」と称される。ちなみに日本の環境基準は35マイクログラム。 重篤スモッグ緊急対策として昨年10月に4段階の警報が決められ、それぞれ対応する改善措置が発動される手順になっていた。青・黄・橙(オレンジ)・赤の4段階ながら、2月中旬のスモッグには当局から初歩的な青色警報しか出されず、効力の無さに国営メディアもブーイングを浴びせてネット上は騒然、検閲機関が消して回った。警報は3日先までスモッグ状況を予測して出される。20日正午に今度は黄色警報が発動され、「厳重汚染」の日が増えるとして21日正午にオレンジ警報に格上げされた。3日連続で「厳重汚染」の予報なら最上位の赤色警報になり、ナンバープレートの偶数奇数でクルマの運行を強制的に停止させる措置が取られる。半分しかクルマを走らせなくして2008年の北京五輪を青空で乗り切った伝説の「奥の手」だが、経済的な影響は大きく今回は見送られた。
保存したグラフはいずれも22、24、26日の午前10時現在。ご覧のようにPM2.5濃度は23日朝にわずかに低下した以外は「厳重汚染」状態を続け、25日からは指数500以上の「爆表」状態にまでなった。26日午後6時になってようやく北風が吹き出してスモッグが吹き払われた。過去にはPM2.5が900マイクログラムに迫る高濃度スモッグもあったが、1週間も続く重篤スモッグは異例。当初は24日には風が吹いて少しマシになると予測されたのが、風は吹いても悪化の一方になり、人民日報北京版は「逃げ道はない。ひたすら耐えよう」と呼びかける悲痛なトーンにまでなった。
地元紙・北京晨報が呼吸器科がある病院は患者が殺到し「爆満」状態と伝えた。患者数は通常の2倍から5倍にもなり、衛生当局が各病院に診療スタッフの増強を求めた。患者には呼吸器に基礎的疾患や老化による疾患を抱える例が多く、こうした弱者には地獄のような大気状態と言える。
警報発動による主な対策は▼公共交通機関の輸送力を増やしてクルマからの転換を促す▼ほこりをたてるダンプカーなど交通規制とアイドリングの停止▼建設現場や砕石場の停止▼道路の清掃やスプリンクラーでの水散布を大幅に増やす▼花火や野焼きを禁止、屋台の焼き肉店も閉めさせる▼北京市内のセメントや鉄鋼化学など111企業で生産停止や大幅削減――が排出源側。北京だけでなく周辺の天津市や河北省でも黄色警報が出て同様の規制が発動された。
市民側には学校での屋外活動停止や、外で運動しないよう呼びかけがされた。その室内は安全かと言えば、法制晩報の記者が屋外でPM2.5が大気1立方メートル当たり330マイクログラムあった海淀区で、スポーツジムを訪ねて室内のPM2.5濃度を測っている。ビルの4階、20人以上が運動していた場所で91マイクログラムあり、中国の環境基準に照らしてもアウト。
もともと北京周辺は北と西に山脈がある閉鎖的な地形だ。北風が猛烈に吹いてくれれば空気はきれいだが、このところは弱い南東の風で湿度が上がり、高さ千メートル前後に逆転層が出来て対流による空気拡散も阻まれるようになっていた。石炭を燃やして地域暖房をする冬はスモッグの発生条件が整っている。これで出来るスモッグを帳消しにするのは上記の程度の緊急対策では難しいと考えられる。
26日になって中国青年報が、李克強首相の強い決意を報道した。「解読国務院常務会」と題した記事で、閣議のような場で環境保護相を相手に質問を連発、「政府は決して『空砲』(効果のない対策)を撃ってはならない」と強く指示という。しかし、「奥の手」であるクルマの半数を運行停止にしたら効果があっただろうか。年始めの第401回「中国大気汚染の実態:二次合成と工場が2大源」でPM2.5汚染源構成が明かされている。クルマの寄与は二次合成の大半と見ても2割程度で、クルマを緊急に半分止めても1割減るだけである。
日本への影響がかつてないほど大きかった点も特筆しなければならない。24日に北京で軽く吹いた風で25、26の両日、これまでの西日本ばかりでなく東北まで含めた広い範囲でPM2.5汚染が観測された。環境省が設定した85マイクログラムの注意喚起レベル超えが新潟・富山・石川・福井・三重・兵庫・大阪・島根・山口・福岡など広範囲であり、市民へ外出の自粛などが実際に呼びかけられた。全国の観測基地1155の半数以上で環境基準は35マイクログラムを超えた点でも驚異的だった。環境省のデータをグラフ化している「PM2.5まとめ」から26日午前零時の汚染マップを引用しておく。黒が注意喚起レベル超え、最多時で34地点。赤が環境基準超え。 今回の中国からの越境汚染は長く続いた。ひどい場所では丸1日以上100マイクログラム前後を保った地点がいくつもあった。環境基準超えどころか、倍の70マイクログラム前後で1日維持の地点も珍しくなく、我が家に近い観測基地も含まれる。健康に響くほどのPM2.5越境汚染が非常に広範囲にあった点でも記憶されるべきだろう。自分の身を守るためにも中国の環境改善へ国際協力をするべき事態だが、日中間の冷え込みはとても許しそうにない。世界保健機関(WHO)が25日、今回の長期スモッグを憂慮して大気の改善を求める警告を出している。「簡単な解決策はなく、産業と経済の管理が必要」とのコメントが付けられている。28日から越境スモッグが再び日本にやって来る。
まず北京の米国大使館が測定、公開している大気質指数「北京AQI」のグラフを騒ぎの発端になった2月20日から保存しておいたので、PM2.5とPM10の部分を切り出し6日分並べてご覧いただく。PM2.5は直径2.5マイクロメートル前後、PM10は直径10マイクロメートル前後の微粒子で、肺の奥深くまで侵入して一部は血流に乗るPM2.5の方がより危険視されている。PM2.5を基準に取ると、大気1立方メートル当たり250マイクログラム以上がAQI指数300以上の最上位ランク「厳重汚染」になっている。指数は500が最高で、それ以上は桁外れを意味する「爆表」と称される。ちなみに日本の環境基準は35マイクログラム。 重篤スモッグ緊急対策として昨年10月に4段階の警報が決められ、それぞれ対応する改善措置が発動される手順になっていた。青・黄・橙(オレンジ)・赤の4段階ながら、2月中旬のスモッグには当局から初歩的な青色警報しか出されず、効力の無さに国営メディアもブーイングを浴びせてネット上は騒然、検閲機関が消して回った。警報は3日先までスモッグ状況を予測して出される。20日正午に今度は黄色警報が発動され、「厳重汚染」の日が増えるとして21日正午にオレンジ警報に格上げされた。3日連続で「厳重汚染」の予報なら最上位の赤色警報になり、ナンバープレートの偶数奇数でクルマの運行を強制的に停止させる措置が取られる。半分しかクルマを走らせなくして2008年の北京五輪を青空で乗り切った伝説の「奥の手」だが、経済的な影響は大きく今回は見送られた。
保存したグラフはいずれも22、24、26日の午前10時現在。ご覧のようにPM2.5濃度は23日朝にわずかに低下した以外は「厳重汚染」状態を続け、25日からは指数500以上の「爆表」状態にまでなった。26日午後6時になってようやく北風が吹き出してスモッグが吹き払われた。過去にはPM2.5が900マイクログラムに迫る高濃度スモッグもあったが、1週間も続く重篤スモッグは異例。当初は24日には風が吹いて少しマシになると予測されたのが、風は吹いても悪化の一方になり、人民日報北京版は「逃げ道はない。ひたすら耐えよう」と呼びかける悲痛なトーンにまでなった。
地元紙・北京晨報が呼吸器科がある病院は患者が殺到し「爆満」状態と伝えた。患者数は通常の2倍から5倍にもなり、衛生当局が各病院に診療スタッフの増強を求めた。患者には呼吸器に基礎的疾患や老化による疾患を抱える例が多く、こうした弱者には地獄のような大気状態と言える。
警報発動による主な対策は▼公共交通機関の輸送力を増やしてクルマからの転換を促す▼ほこりをたてるダンプカーなど交通規制とアイドリングの停止▼建設現場や砕石場の停止▼道路の清掃やスプリンクラーでの水散布を大幅に増やす▼花火や野焼きを禁止、屋台の焼き肉店も閉めさせる▼北京市内のセメントや鉄鋼化学など111企業で生産停止や大幅削減――が排出源側。北京だけでなく周辺の天津市や河北省でも黄色警報が出て同様の規制が発動された。
市民側には学校での屋外活動停止や、外で運動しないよう呼びかけがされた。その室内は安全かと言えば、法制晩報の記者が屋外でPM2.5が大気1立方メートル当たり330マイクログラムあった海淀区で、スポーツジムを訪ねて室内のPM2.5濃度を測っている。ビルの4階、20人以上が運動していた場所で91マイクログラムあり、中国の環境基準に照らしてもアウト。
もともと北京周辺は北と西に山脈がある閉鎖的な地形だ。北風が猛烈に吹いてくれれば空気はきれいだが、このところは弱い南東の風で湿度が上がり、高さ千メートル前後に逆転層が出来て対流による空気拡散も阻まれるようになっていた。石炭を燃やして地域暖房をする冬はスモッグの発生条件が整っている。これで出来るスモッグを帳消しにするのは上記の程度の緊急対策では難しいと考えられる。
26日になって中国青年報が、李克強首相の強い決意を報道した。「解読国務院常務会」と題した記事で、閣議のような場で環境保護相を相手に質問を連発、「政府は決して『空砲』(効果のない対策)を撃ってはならない」と強く指示という。しかし、「奥の手」であるクルマの半数を運行停止にしたら効果があっただろうか。年始めの第401回「中国大気汚染の実態:二次合成と工場が2大源」でPM2.5汚染源構成が明かされている。クルマの寄与は二次合成の大半と見ても2割程度で、クルマを緊急に半分止めても1割減るだけである。
日本への影響がかつてないほど大きかった点も特筆しなければならない。24日に北京で軽く吹いた風で25、26の両日、これまでの西日本ばかりでなく東北まで含めた広い範囲でPM2.5汚染が観測された。環境省が設定した85マイクログラムの注意喚起レベル超えが新潟・富山・石川・福井・三重・兵庫・大阪・島根・山口・福岡など広範囲であり、市民へ外出の自粛などが実際に呼びかけられた。全国の観測基地1155の半数以上で環境基準は35マイクログラムを超えた点でも驚異的だった。環境省のデータをグラフ化している「PM2.5まとめ」から26日午前零時の汚染マップを引用しておく。黒が注意喚起レベル超え、最多時で34地点。赤が環境基準超え。 今回の中国からの越境汚染は長く続いた。ひどい場所では丸1日以上100マイクログラム前後を保った地点がいくつもあった。環境基準超えどころか、倍の70マイクログラム前後で1日維持の地点も珍しくなく、我が家に近い観測基地も含まれる。健康に響くほどのPM2.5越境汚染が非常に広範囲にあった点でも記憶されるべきだろう。自分の身を守るためにも中国の環境改善へ国際協力をするべき事態だが、日中間の冷え込みはとても許しそうにない。世界保健機関(WHO)が25日、今回の長期スモッグを憂慮して大気の改善を求める警告を出している。「簡単な解決策はなく、産業と経済の管理が必要」とのコメントが付けられている。28日から越境スモッグが再び日本にやって来る。