第4回「紙資源・千倍の落差」

 今年になって、古紙余り現象が首都圏を中心にあらわになっている。'92年以降、低迷していた古紙相場はさらに下落一方となり、5月になるとついに古紙問屋が回収業者にお金を払うどころか、下級紙である雑誌古紙についてはキロ当たり2円程度の引き取り料を要求するまでになった。古紙問屋団体は関東の300自治体に対し、雑誌類を家庭に留めておくよう求め、関東の古紙流入で関西の古紙相場も下がっている。市民の間にできかけた紙資源リサイクルの輪を崩壊させかねない事態へ、引き金を引いたのは、'96年12月の東京都の事業系ゴミ有料化だろう。

◆資源政策の貧しさ

 全国の自治体にとって増大するゴミの悩みは同じだ。焼却施設に送るにせよ、埋め立てるにせよ、その量を減らしたい。市民に減量を訴えた後、最後の手段は有料化となる。燃やせるゴミを14%減らす一方で、古紙・古衣回収量を18%増やした埼玉県与野市の例が端的に効果を示している。都側も事前にそれを狙っていることを明らかにしている。「平年度ペースで、都が収集している事業系ごみ量の約10%、約14万トンの有料化に伴う減量効果を想定」した。

 事業所ゴミの50%以上は紙ゴミとされ、リサイクル可能なのもほとんど紙だろう。都予想の減量分が古紙として市場に現われるとしたら、「世界の紙・板紙 生産量と消費量」にある'94年2800万トンだった国内紙生産量の0.5%相当が、首都圏のだぶつき気味の古紙市場に降ってわくように現われることになる。その行く先については、何の手も打たれていなかったのである。再生しやすい上質紙や新聞紙からつまみ食いされ、雑誌類は倉庫にあふれた。

 あまりの古紙余りに、5月15日付けで青島幸男都知事が「再生紙利用の一大都民運動を」と呼びかけた。「せっかく作り上げた回収システムが危機に瀕してしまう」と認め、オフィスや家庭で再生紙を積極的に利用しようと訴える。今になって製紙業界にも国にも訴えるし、新規需要へ技術開発の必要もあるという。

 都に負けずに国の政策も貧しい。通産省では生活産業局が担当する。その古紙再生利用促進対策予算は年間4000万円台が続いている。桁がいくつも違う農水省のウルグアイ・ラウンド農業振興予算と比べたら最初から勝負にならないので、同じ生活産業局予算で比較して「輸入住宅の導入促進」あたりの半額。紙の53%は再生利用しているから、形を変えた膨大な森林資源が家庭やオフィスを回っている。その資源をどう扱うか、市場任せにしているこの国は政策不在であることは確かだ。

◆1人当たり200キロと、200グラムと

 '95年の国民1人当たり年間の紙消費量は、国内で240キロに達した。330キロもある米国が世界最多で、全世界の平均は45キロ程度とみられる。「地球環境問題と紙」に掲載のグラフは、'60年の国内消費量が現在の世界平均に相当することを示す。実は平均付近の国は旧ソ連、ブラジルなどで比較的少なく、1人で100キロ以上使う国と20キロ以下の国に大別されるのが世界の紙消費の実状といえる。1人当たりのGNPを横軸にして消費量の国別グラフを作ると、きれいな右上がりになる。

 人口12億の中国がようやく、その20キロラインに到達した(「世界の紙・板紙」)。中国東北部から日本人孤児だった父親に連れられて帰国、通訳をしている若い女性と仕事をしたことがある。彼女は街で配られるポケットティッシュをとても大事に使う。鼻水を押さえたら、きれいな部分を表にして畳み、もう一度使えるようにしておく。「みんなが汚いと言うんです」と困った表情だが、変えるつもりはない。

 来世紀、中国を抜くといわれる人口大国インドは3キロ程度。2キロ級のバングラデシュになると、子供たちが教室でノートをとる紙が足りなくなり、石板が使われたりする。そして、赤道アフリカ諸国など年間200グラムにも下がると、公的な文書類にも事欠く。民主的な国民意志の形成、文化の維持にも支障があろう。200グラムと言えば、最近よく見かけるようになった40ページの新聞とほぼ同じ重さだ。

 途上国は木材資源に乏しいところが多く、紙の半分はパルプ以外の繊維から造る。「非木材紙の原料」にある通りで、中でもサトウキビの絞りかすと稲や麦のワラが大きな部分を占める。農作物を利用し尽くすのだ。が、かつて取材した生態学者は「土から得たものを全部取り上げては、土壌がもたない」と警告した。非木材の原料資源はまだかなりあるが、すべて使えるものではない。

◆最適消費と分配の道は

 紙資源を守りたいと大阪大学生協のグループが取り組んで、レポートしている。市内有数の紙ゴミ排出源になっている大学内に古紙一次処理プラントを建設したいと考え、製紙工場や再生紙工場まで出向いて調べるのだが、リサイクルの必要性が世間で言われるのに反して「今後、再生紙工場は減ることはあっても新しくできる可能性はない」と聞かされる。「下手に小細工するより、紙をそのままの状態で持ってきてもらったほうが処理しやすい」とも言われてしまう。研究室に多い、再生しやすい上質紙に的を絞ろうか、という案までで終わっている。

 どうやら、個人的な善意に頼るのでは出口は見つからないようだ。

 山口大工学部・浮田正夫教授の紙の値段についての講座発言にヒントがある。生態系に悪影響を与えないで生産、消費、廃棄する生態学的経済システムを考えると、紙の値段が安すぎる。現在の1キロ150円の天然パルプによる紙の値段が、教授の推定では391円が相 当になる。内訳を見ると、原木価格23円を115円に、公害防止費用9円を67円へ上乗せし、現在ゼロの紙ゴミ処理費用を72円も見込んでいる。再生紙の方が当然大幅に安くできるから、品質面で劣る点を補って消費者は再生紙を選ぶシナリオができる。紙消費全体への抑制にもなる。

 つい最近、王子製紙が、難しかった白色度天然並の古紙100%汎用印刷用紙を開発した。しかし、天然パルプ紙がキロ140円強のところ、5円程度上乗せした値段になるという。白色度を高めたり、繊維の強度を改良するので割高になる。リサイクル意識が強い自治体、企業、団体に売るにせよ、これでは大きな広がりは望めまい。現実は浮田教授の試算の通りにはならないにせよ、天然パルプ紙に対する価格加算と、それを財源にした古紙回収の促進、再生紙へのサポートを政策として考えるしかあるまい。

 もう1つ。世界平均の紙消費レベルが日本の水準まで上がったら、現在の6倍もの資源が必要になり、世界の森林資源はもたないと言われる(「地球環境問題と紙」)。アジアの新興工業国は次々に日本のレベルに迫りつつあるが、次の世紀前半の現実的な課題は、途上国を1人20キロのレベルに持ち上げることだろう。紙資源の再配分が求められる時期は、そんなに遠いことではないように思える。

 現在、余っている雑誌古紙は繊維としての質の悪さ、不純物などによる処理の難しさがあり、輸出がままならない。しかし、国内消費ほど白色度が問題にならないのなら、長繊維で強度はある非木材系の原料と混ぜるなどして再生する道はあるはずだ。国内にはそのための化学処理技術の蓄積もあると聞いている。途上国援助(ODA)のテーマとしては格好だが、現地の生態系にまで絡めた各方面の専門家を交えての検討を要し、強いリーダーシップが必要だろう。

 我々にとってのもう1つの可能性、文書の電子化については改めてレポートしたい。