第5回「官官接待と食糧費」

 今、新聞の編集に携わっている者にとって、一番厄介な言葉が「インターネット」と「オンブズマン」だろう。記事本文に登場することがこれほど多いわりに、大きな見出しに取られることが少ない。新聞見出しは8字から10字くらいで作るのが普通で、その範囲で何がどうした、どこの何がどうだ、いつ何がある、といった内容を盛り込む。この2つの言葉はそれだけで7字と6字で苦しい。明治期に「野球」を作ったように、漢字に翻訳できないものか。私ならインターネットは「汎網」、世界中の「専網」を結んで「専源」と情報交換する。「ミラーサーバーを立てる」は「複源を持つ」になる。オンブズマンはもともとは「代理人」だが、行政監察官に近い役割。ここは音と意を汲んで「御部」にしたらどうだろう。

◆本家スウェーデンはひと味違う

 インド仏教の経典を中国に導入するときにされたような翻訳を試みてしまったが、官僚機構を“御す部門”と考えてもいい。この奉るような表現を思いついたのは、函館カリタスの園(旭ヶ岡の家)調査研究室の出版物紹介ページにある、スウェーデン議会オンブズマン訪問を読んでからだ。インターネットのいろいろな場所でオンブズマンの説明に出会ったが、ここでは議会オンブズマンの長老本人から詳細な講義が聴ける。

 1714年に国外転戦で忙しい国王の代理人として始まり、1810年には権力を国王と分け合うようになった議会にもオンブズマンが生まれた。国王オンブズマンは現在は司法長官として存続し、議会オンブズマンは法曹関係や官僚・学者出身の4人が実務スタッフ50人とともに、国・自治体の役人120万人を監視している。市民からの訴えのほかに、独自の判断での調査活動にも忙しい。オンブズマンには、これ以外にも男女平等法を扱う「平等オンブズマン」などがある。

 それにしても裁判長だった人から「スウェーデンの言論の自由の要は、公的な立場で働いている者が自分の働いている分野での関係書類を制約なく(もちろん例外はありますが)ジャーナリストに流しても構わないという権利です」と明言されると、日本の新聞記者としてはしびれてしまう。以前、ストックホルムの街に着いたときの、長身で彫刻的な人々の顔立ちとクールな色彩感覚が醸し出す、SF的・異星的感覚がよみがえってくる。小国でありながら独自の洗練された原子力技術を持ち、「大ざっぱなフランス人が造る高速増殖炉なんて使えない」と切り捨てる原発技術幹部がいた。科学技術政策まで前例踏襲を繰り返して、因習の泥田に足を取られている日本人からすれば、宙に浮いた国を見上げているような感じ。

◆市民オンブズマンたちの敢闘

 国内の一部自治体にもオンブズマン制度を取り入れるところがある。たとえば川崎市市民オンブズマン制度。しかし、たいていの人がまず思い浮かべるのは、官官接待問題と食糧費濫用の追及に目を見張る成果をあげている市民グループの活動ぶりだ。

 スウェーデンと違って、日本の役所の情報は隠されるもの。それを打ち破る苦労の実例を、愛知県東京事務所をめぐる「これがカラ飲食偽造請求書だ」が垣間見せてくれる。ただし、このページは凝った作りで閲覧に時間がかかる。さわりの部分だけ見たい方は本来の請求書、同額が記載の偽造の請求書ふたつの請求書の謎解きの順番で見比べても大意は分かる。書類二重取りの手口で、日付だけ変えて「62,730円着服された」のだと知れる。

 '95年以来の追及の成果は「都道府県の97年度食糧費予算を考える」に集約されている。'95年度予算に比べて'97年度予算での食糧費は、全国平均で57.8%まで削減された。都道府県別に詳細な一覧がある。一般会計に占める比率は0.03%に落ちた。ワースト1は福井県0.07%。ワースト2、0.064%の奈良県では、あちこちの県土木事務所で会計検査院の検査官にビールを添えた豪華昼食を供して問題になっている。オンブズマンたちの追及は「効果を期待してなら賄賂だし、効果無しと認識してのことなら横領」だ。

 ところで、この平均の計算に入れられない、食糧費予算額そのものを明らかにしないところが残っていて、それが愛知県と京都府という大規模自治体。どちらも有力地方紙が存在する。全国紙以上に地方政界と結びついている、その報道のあり方が問われよう。

◆6,000円のひとり歩き

 食糧費の内容公開について、'94年2月の最高裁「大阪府水道部懇談会議費」判決は、事業遂行に必要な地権者との個別折衝のようなものを除いて、国や組織内部との会合は公開しても支障はないとした。'97年3月の大阪地裁「市財政課食糧費」判決は、会合に出た相手方が公務か、所属団体の職務として出席したのならプライバシー保護は問題にならないと、自治体側に厳しい枠をはめ、隠す論理を次々に打ち壊している。こうした情報公開の進み具合いもランキングとしてまとめられている。

 名前隠しは難しくなったが、懇談費用の金額は意外に高止まりしている。'96年11月に大阪高裁で、泉南市が運輸省職員らに情報提供の謝礼として接待したり、ビール券を渡した公金不正使用事件の判決があった。相手方が明かされていない以上、一般職員とみなし、いくら多くても接待の限度は1人6,000円とし、ビール券は違法とされた。

 この「6,000円」がもうひとり歩きを始めている。今年3月に市民オンブズマン兵庫が、'96年3月の県土木部食糧費について監査請求したところ、1人分が6,000円を超す10件についてだけ土木部幹部らが自主的に返還してしまい、県監査委員は「ほかの件は社会通念上、相当な範囲」と請求を退けてしまった。

 高知県はインターネット上に食糧費を公開している。「高知県の食糧費執行状況」から、各部局の過去3カ月分がだれにでものぞける。その中から懇談会費を拾うと、企画部地域振興課の「企業誘致のための懇談会」('97年2月)には、県側2人相手側4人出席で予算額70,000円を35,775円支出。土木部防災砂防課の「インドネシア砂防技術センター研修」('97年3月)は出席3人で予算額22,500円を20,500円支出。6,000円が強く意識されているとみてよかろう。

 米連邦政府の職員が許される食事代は15ドル程度と聞いた記憶がある。仕事をさっさと済ませるために、昼食を食べに外出する代わりに弁当を取るというならそのあたりだろう。個人的に親しくなるなら自費で飲食すればよい。大阪高裁の裁判官も6,000円を本当に妥当とは思っていないかもしれない。量刑を裁判官が決める刑事事件と違って、民事では大岡裁きは許されず、原告、被告いずれかの意見に裁判官は乗らなければならない。与えられた選択肢がわずかしかなく、自分の考えに比較的近い金額を選んだのかもしれないが、次の判例まで尾を引きそうだ。インターネット上で判例を調べるには、TKC判例検索サービスセンターがあるが、ときたま使う程度ならニフティサーブで同じ内容が提供されていて割安である。

 名古屋市民オンブズマンタイアップグループの佐々木伸尚氏が、この問題で新聞・テレビとインターネットとの関係をめぐって論文を書いている。中見出しで「期待できぬサイバー空間での世論形成」とあり、インターネットには、マスメディアでは報道されない詳細情報の直接発信のほうに期待がかかるという。国内のインターネット人口は急成長して、少なくとも500万人を超えたと考えられる。世論にインパクトを与えるための基盤が、ようやくできた段階ではなかろうか。