第11回「地震列島の西から東を見る」

 6月27日、文部大臣の諮問機関「測地学審議会」は、「大規模地震の直前予知実用化は困難」とする地震火山部会の報告を了承した。国土地理院の「地震予知」にあるように、この審議会の建議を基本に、マスコミでよく耳にする地震予知連絡会が組織されている。観測体制を整えて待つ東海地震などなら予知可能との方針から転換した。大きな影響を与えたのは'95年の阪神淡路大震災である。私の自宅は大阪市西部にあり、タンスなどが倒れて夫婦とも下敷きになった。東京での生活も長かった私には、震災直後から、関東で予測されている大地震が起きたらと気になってならない。

◆遅れる被害想定のコンセンサス

 国土庁所管の国会等移転審議会がこの5月21日に開かれている。その「議事要旨」は、現在の東京での、関東地震についての議論のレベルを素直に反映していると思う。

 阪神大震災を調べてきた土木学者の中村英夫氏が述べる。「東京には区画が未整理な地域が多く残されている。神戸は日本の都市の中では地震災害に対して比較的条件のいいところであったにもかかわらず大被害にあった。現在の東京では遙かに厳しい状況になると思われる。電柱が倒れると救急車も消防車も入れない。また、個々の住宅は十分な耐震設計がなされていても、周りを火に囲まれる。それに対して、何の救援もできないということになる」「現在の状況で推移した関東周辺に、広域的な地震もしくは東京に直下型の地震が起こった場合である。この場合、建造物は破壊され、関東大震災クラスだと、死者は8〜15万人と見込まれる。首都機能が被災して復旧活動等は大変遅れると想像される。また、経済機能、市民生活の回復も遅れて日本だけでなく全世界にも大きな影響を与える」

 反論が出る。「被害想定は東京都や関係機関による最新の試算によると、1万人弱であり、重傷者が2万、軽傷者を含めても15万人くらいで、震災予防計画が立てられているはずだ」「阪神・淡路と比べて東京では、比較にならないほど防災力・訓練も十分だということも考慮すべきである。東京を含めた1都3県3市で防災訓練を行ないながら、都費だけでも毎年度1兆円つぎ込んで震災の予防のための施策を展開している」

 もちろん、そんな楽観的な人ばかりではない。「神戸の復旧のときには隣に大阪があり、資材の調達がなされるとともに、電気やガスの図面が大阪の本社に保存されていたために迅速な復旧が出来た。(中略)日本全体の安全性、東京の復旧性ということは、科学技術の面とは別に社会経済、情報系統からも調べてもらいたい」「神戸の地震の際には、首都機能が完全に働いたことが震災対策上非常に意味があったが、首都機能の一部でも被害を受けていたらそれが出来なかったということを教訓として考えるべきである。(中略)しかも阪神淡路大震災は、たまたま被害が最小となる時刻に発生した」

 実は、「東京都地域防災計画」にあるとおり、被害想定は3年計画で調査やり直し中で、'97年度末に公表予定になっている。上の反論で言われた「最新の試算」とは阪神大震災以前のものである。都の現在の被害想定は阪神大震災をくぐった私たちには数字だけ見ても空々しい。もう通用すまい。

◆観測データを自分で確かめる時代がきた

 東大地震研究所の溝上惠教授による「最近の異常地震活動とその評価」は、慎重な言い回しながら北海道から三陸沖がすでに活動期に入り、南関東地域や西日本も活動期にさしかかったと指摘する。さらに「ひずみの蓄積が増大し地震活動が活動期にさしかかると、それまでM2〜3の地震だけが発生していた地域で、M4〜5の地震が起き、ついにはM6やM7の地震が起きるということである。とくに南関東では、近年時間の経過とともに、より規模の大きい地震が発生する傾向が見出されている」とも。

 教授の指摘を、自分の目で確かめることができる。科学技術庁防災科学技術研究所「関東・東海地域の地震活動」に、'79年から毎年の震源をプロットしたマップがある。まず最新の'96年のマップを見よう。丸の大きさは地震のエネルギーの大きさ、マグニチュード(M)を表わし、色の違いは震源の深さを示す。このマップの印象を頭に置いたまま、一番古い'79年のマップを見よう。鮮やかな色の洪水が消えて、まるで白地図だ。目を疑うようなら、間の年を何年かおきに引っぱり出して見てほしい。確実に、敢えて言いたいが、急速にマップの彩りは増している。

 本格的に地震の勉強をしたいなら、地震研の公開講義「プレートテクトニクスと日本列島付近の地震」を読んでほしい。日本列島付近では、地殻を構成する巨大岩盤プレート4枚がせめぎ合っている。直下型地震についてはこんな記述がある。「関東地方は、大正関東地震以降その断層面が固着してフィリピン海プレートの沈み込みで引きずられていますので、次の関東地震が近づいてくると内陸地震も起き始めます。大正地震の場合ですと、地震数十年前くらいから内陸地震が起き始めました。したがって次の関東地震が近づいてくると要注意です。西南日本は、やはりフィリピン海プレートの引きずり込みで内陸側に押されています。したがって、南海トラフの巨大地震の前に内陸地震が多く起きることが予想されます」

 コンパクトに概略を知りたい人向きには、この学界のスポークスマンである尾池和夫京大教授の「日本列島の地震活動期を迎えて」がよい。この記事は震災直後らしく、6年ほど前に教授が私に嘆いていた「空は気象情報が発達してよく見えるようになったが、地下の出来事は市民にはまったく見えていない」という発言がそのまま出ている。しかし、状況はインターネットの普及で一変した。地震学会が地域別の地震をいち早く見られるようにした地震速報サイトリンク集は有用だ。

◆予知そして防災対策の今後

 測地審が東海地震の予知が無理だとしたのは、過去の地震と同じ地殻変動の前兆が出るとは限らないと認めざるを得なくなったからだ。地震のメカニズムは複雑で、阪神大震災は私たちにあまりにも知らないことが多いとを教えてくれた。動物や井戸水、天候などの異常現象から予知するといったやりかたは置くとして、もっと確実な根拠で直前予知の可能性はあるのか。

 不意打ちで襲ってくると見える地震であっても、岩盤破壊の過程を細かく調べると、ある時間をかけて準備が進行するものだ。それを検討しているのが「震源核形成過程のモデル化−地震直前予測モデルの確立を目指して」である。地震が高速な岩盤破壊の伝播として私たちに見えるようになるまでは、じわじわと核になる破壊が進行し、それは最初は毎秒数ミリ程度らしい。マグニチュード7クラスの大地震では、核になる破壊の大きさは5〜10キロメートルにも達し、そこで瞬時破断に移る。そこまでに、岩石破壊実験のデータなどを勘案して理論的には10数時間が必要というから、確かに予知の可能性はある。最初の破壊過程を地下深部でつかまえる研究もある。

 だが、実際問題として今すぐ予知できるとは思えない。その前提から必要なのが、耐震基準の見直しである。今度の震災で国内初めての強烈な地震動を経験した土木学会は、'95年の「一次」、'96年の「二次」と提言を繰り返している。'96年提言は「個々の活断層について見れば、その活動の再現期間は千年のオーダーに及ぶとされ、それが大都市圏を直撃することによる被害は典型的な低頻度巨大災害である。これを人間活動の時間スケールで表現すると、50年間の発生確率が5%程度であることと等価であり」と、例外的性格を指摘しつつも、公共性の高い構造物などには、これまで考えられていた地震を上回る「レベル2地震動」にも耐えられるようにすべきだと主張する。「構造物の重要度は一次提言で示したように、1)構造物が損傷を受けた場合に人命・生存に与える影響の度合い、2)避難・救援・救急活動と二次災害防止活動に与える影響の度合い、3)地域の生活機能と経済活動に与える影響の度合い、を考慮して決定される」と、どれが取りあえず必要か現実的な選択をして、耐震設計や補強を急げというのだ。

 大阪ではすでにこれに応える動きがある。大阪市の真ん中を南北に走る上町断層は従来の防災計画では対象外だったが、もしも動いたとすると阪神大震災クラスの地震になり、5,900人から6,800人の死者が出ると見積もられた。これに対して、重要構造物の耐震性確保やライフラインの早期復旧のための対策が始まっている。

 土木学会の提言に戻ると「関東地震のような、陸地近傍で発生する大規模なプレート境界地震による震源域の地震動は、内陸活断層による震源断層近傍の地震動とは異なる特性を持つと予想される。この型の地震による強震記録が存在しないため、現状では地震動の特性については多くの不明な点が残されている。このため、プレート境界で発生する巨大地震による地震動に関する研究を進める必要がある」。関東大震災級に耐えられるとの触れ込みで、これまで耐震設計は進められてきた。しかし、実は関東大震災級が何か、本当は知らなかったのだ。測地審が地震予知を不可能としたように、土木学会も現行基準でのギブアップを宣言している今、のんびりやっている時期ではないはずだが、政府レベルの議論、あるいは「東京」の議論は最初に取り上げたありさまである。